不登校 息子 ブログ。 子供の不登校の問題

中学生で不登校になった時、克服方法はブログが参考になる理由

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今日は、また違うモニターの説明会に行ってきました。 時間を選ぶことができるので、だいたい午後の早めの時間で希望しています。 その時間に都心に向かう人は少ないので、いつも空いていていいです。 先日、zoomの座談会に参加できたことで、勢いに乗り、いくつもの座談会やオンラインインタビューに申し込んでいますが、さっぱり、引っかかりませんね申し込む時に、事前アンケートに、10分くらいかかるので、結構、時間が割かれています最後まで行って、「対象ではありませんでした」で終わる時もあるしねそこを、クリアしたとしても、「連絡をお待ちください。 連絡がいかなければ残念ですが今回は・・・・」みたいな?待っているけど、来ない・・・がほとんどです。 選ばれれば美味しいお小遣い稼ぎになるのですが、効率はそんなによくないですね。 今日のところは、合格... マスク、マスク・・・ 皆さんにお尋ねします。 たまに学校に行ける子と、完全なる不登校・・・どちらが、以前のように毎日、学校に行けるようになると思いますか?もうひとつ・・・不登校であっても、たまに友達と約束したり、親と出かけている子と、部屋に籠って一歩も外に出られなくなってしまっている子。 どちらが、以前のように毎日、学校に行けるようになると思いますか?もちろん、その子の特性や、取り巻く環境というものがあるので、きっぱりこっちだなんて決められるものではありませんが。 これまで毎日学校に行っていた子が、突然、学校に行けなくなり、友達にも会わなくなり、家に籠ってしまったら、たまに学校に行ける子より、たまに友達と遊んでいる子より、親はずっと心配だと思います。 出口の見えないトンネルに迷い込んでしまったようで、ダメージも相当なものだと思います。 たまに... たまに行ける子と完全不登校・・・どちらが以前のように行けるようになるでしょうか。 今日の京都は雨模様でしたが、福山入院前の最期のバイオリンレッスンに無事に済ます事ができました。 娘は、中1の冬に事故被害者となり2年の間バイオリンを触ることができませんでした。 そして、今年の2月末に入院してからそこで少しずつバイオリンとの絆を取り戻してゆきました。 www. tomaclara. 6月6日に第一回レッスンがあり、… 昨日午後は娘が福山医療センターに入院し、完治をかけた6回目のブラッドパッチに挑むことになりました。 5か月を経て再開したの福山城です。 いつもとは違う角度から コロナのために1回診察が抜けたことで、情報が混乱し、一夜明けた先程まですごく心配な気持ちで過ごしていました。 今回のドクターはお一人?それともお二人?? 今年2月、5度目のブラッドパッチをするために入院していた最終日、退院前の診察で何となく次回ブラッドパッチの予約を入れていたことを完全に忘れていました。 11日で劇的… 「子育てブログ」 カテゴリー一覧 参加人数順•

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子供が不登校になったら、まずココに気をつけましょう!(初期対応)

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今回は、僕の地元の福岡の西日本新聞さんで紹介された記事を読んで、僕が思った事や感じた事を解説していきます。 正直、親も子も誰が悪いとかいう話ではなく、それよりもこの状態で他に話したり相談する人との繋がりがない事に、適切な本当に親身になって寄り添ってくれる第三者がいなかった事で、このような結末を迎えたのだと思いました。 この人たちの出来事から、私達は今日からできる事を知りできる範囲で行動していきましょう。 「家に帰りたい」息子の本音と親の気持ち まずは、記事から抜粋した内容を見てみましょう。 福岡県筑後地区では、両親が6年前から引きこもっていた長男(30)を民間の自立支援業者に預けたが、長男は昨年末に姿を消し、遺体となって発見された。 「一体どうすればよかったのか」。 両親は自問自答を続けている。 「家に帰りたい」。 昨年11月、愛知県内の自立支援業者に預けていた長男から母親(52)に電話があった。 長男は1年前から業者の寮で他の引きこもりの人たちと共同生活をしながら、青果市場などで働いて自立を目指していた。 再会した際は疲れ切った表情をしており、両親に「共同生活は好きじゃない」「働いてばかりだった」とこぼした。 自宅に戻った後は仕事を探すどころか、家事すら手伝わないようになった。 父親(54)は「成長して帰ってきたかと思ったら、全く変わっていなかった」と受け止め、長男にもう一度寮生活に戻るように説得。 母親は「あなたの働いている姿が見たい」と励ました。 再入寮を目前にした同年12月末、長男は家出した。 その6日後、熊本県荒尾市沖の有明海に浮かぶ遺体が漁師によって発見された。 警察署に駆けつけた母親は泣き崩れ、父親は「息子を追い込んでしまった」と全身が凍り付いたという。 遺書はなく、部屋に残されていた長男のパソコンのデータは消えていた。 nishinippon. この文面からも感じ取れる事が、 親の自立して欲しい気持ちと息子の疲れ切った表情や帰宅に至った経緯で、お互いの気持ちがすれ違っている所があります。 一般的にどこの不登校や引きこもりの家庭で起こる親子の気持ちのズレ。 このように親子で考えている事や感じている事がすれ違えば、このお互いの気持ちのズレを調整する必要が出てくるので、第三者の繋がりや関わりが大切になってきます。 残念ながら、この記事から想像するに実際に頼った自立支援業者では、その業者なりにできる事をしたと思いますが、この親子の気持ちのズレを調整する事ができなかったと感じます。 そうなると、 親は自立をして欲しい。 息子の安心できる姿を見たい。 という親の意向や気持ちは大切なことですが、その気持ちだけを息子に伝えただけでは、息子にとってはただの親の期待を押し付けられただけと受け取りかねません。 そして、 息子はその期待に応える行動がとれるといいですが、この記事の例のように、共同生活や働く事に馴染めず自信を失ったり失敗体験として認識していたのだったら、帰ってきた家での居場所を失いかねません。 家の居場所を失い親の気持ちに応えれない状態が生まれると、引きこもりの人にとってその状態は死の選択が頭の中に過ぎるようになります。 僕も中学生で不登校になった時に、母ちゃんから「学校に行って。 」「せめて家で勉強だけはして。 」「いいかげんにして!」という言葉を聞かされたり、家にいる僕を腫物に触るような視線で見られた時は、自分の生きる場所はどこにも無いんだという気持ちになった事があります。 みんなそうなるとは言いませんが、子ども支援をしている僕の経験上、家でを繰り返したりする人の状態でよく見られるのが、親子関係や兄妹関係などの家族関係の不良により、居場所を失い家出をしたり遅くまで帰らないというケースがあります。 なのでこの時に大事なのは、親の正直な気持ちはそのままに持ちながらも、子どもへの声掛けは言葉遣いや一方的な親の気持ちの押しつけにならないように配慮する必要があると思います。 例えば、「家に居てもいいけど少し休んだら少しづつでいいからできる事を一緒に考えてみよう」といった感じで、息子さんへの気遣いも見せながらいきなり仕事を意識させずに、それよりもレベルを落とし息子さんのできる範囲の行動を考えるという形にもっていく方が適切だと思います。 確かに親も困惑し疲弊します。 しかし、その気持ちをそのまま子どもにぶつけてしまうだけでは、子どもはそのプレッシャーに押しつぶされそうになり、逃げたくなる気持ちになります。 もし伝える時も、先ほどの事を意識して、 親としてあなたにこうなって欲しいと思っているけど、あなたの今の存在や生き方は否定していないよという気持ちを伝えたり、言動で威圧的にならないよう寄り添った関わり方が適切だと思います。 親の焦りと後悔 支援とはなにか? こちらも記事の内容を見ていきましょう。 「引きこもりが長引くほど、社会復帰が難しくなる」。 父親は焦燥感に駆られながらも、知人には打ち明けることができずに疲弊していき、精神安定剤を常用するようになった。 相談した役所からは、引きこもりの当事者同士で悩みを共有する交流会を紹介された。 「息子が参加すると思えない」と考えた末に、「最短3カ月で自立支援」とうたう業者をインターネットで見つけ、長男を預けた。 「生きてさえいてくれれば、それでよかったのかもしれない」。 父親は後悔しつつ、働かない長男を見過ごすわけにはいかなかったと振り返る。 「過去に戻って子どもの頃からの再教育が必要と思うほど、自立させるのは難しかった。 同じように悩んでいる引きこもりの人や家族が大勢いる。 nishinippon. そんな中で息子の為という善意の思いから「最短3ヶ月で自立支援」という引きこもりの解消が約束されたかと思わせるフレーズに親として気持ちが傾くのは、不安と焦りを解消する好材料だと思います。 でも、現場で不登校や引きこもりと10年以上関わり続け僕自身の不登校と引きこもり経験から断言できる事は、 引きこもりの解消は予定通りにいかないし最短3ヶ月でというように約束された解消は無いという事です。 僕が関わってきた中には半年や数カ月で引きこもり状態からアルバイトに進んだりと、引きこもりの解消をできた方もいますが、それは、僕の関わりと引きこもり当事者自身の行動で決まってくるので、個人的にはこのような業者の方のような約束されたような支援は非現実的な支援だと感じます。 「生きてさえいてくれれば、それでよかったのかもしれない」。 父親は後悔しつつ、働かない長男を見過ごすわけにはいかなかったと振り返る。 というような親の気持ちや気付きは生きて欲しいけど働いて欲しいという、引きこもりにとって合い交えないような2つの考えが親のジレンマを生んでいる事がっ分かります。 確かに2つの考えは大切な事です。 生きる為に人は働くからです。 ただ、僕が引きこもり支援をする際に 最も大事にしているスタンスは、生きるという事です。 その理由は、生きている限り少ない可能性でも解消するチャンスがあるからです。 極論かもしれませんが、生きていなければそれで終わりです。 だから僕はどんな人に対しても「何があっても生きていて下さいね」と大人でも子どもでも伝えます。 僕自身も不登校や引きこもりを7年以上経験しどん底で未来も見えなかった時期でも、この生きる事を続けていたからこそ、今のこうした生活を手に入れる事が出来ています。 「同じように悩んでいる引きこもりの人や家族が大勢いる。 国や自治体に支援のあり方を考えてほしい」という、親の言葉が表している通り、引きこもりは表に見えないだけで実際にはたくさんの人達が見えない所で、社会が認知しない所で苦しんでいるのだと僕は想像します。 これまでのように困っている人を待つ支援や、引きこもり支援とうたい施設や人をただ揃えただけの支援では、悩んでいるひきこもり当事者や親の適切な支援には程遠いと言えます。 そんな形だけの支援ではなく、本質的に当事者が求めている支援をできる支援策を考え、過去に不登校や引きこもり経験者をした人達も支援側の人材に入れていく事で、適切な支援環境が整いこれまでよりも適切な支援が生まれ、このような親子にとって不幸な結果を防ぐことができるのではないかと思いました。 このブログを通じて不登校や引きこもりで悩まれてるみなさんの気持ちに寄りそい、陰ながら応援していきたいと思います。 みなさんがこのブログで書いてほしい事や知りたい事を募集しています。 さらに不登校やひきこもりの相談も無料のメールで受け付けています。 最後まで見ていただきありがとうございました。 学校復帰に勉強って考えますよね? そんな時に 手軽に安く学べる方法があります スタディサプリでしたら スマホで学べるオンライン学習が 月額980円と 塾や家庭教師より断然にお得で 平均して24万円もお得です! もちろん パソコンやタブレットでも見れます 教材の購入も必要なしで (必要な方は購入可能) 5教科18科目の 1万本以上の講義の動画が見放題です 今なら 2週間の無料お試し期間があり 無料期間内に退会する事も可能なので 安心してお試しできるのが嬉しいですね! 本格的に勉強をするよりも まずは勉強に触れる機会にスマホで 手軽に無料でできるスタディアプリを お試ししてみてはいかがでしょうか This error message is only visible to WordPress admins Error: API requests are being delayed. New posts will not be retrieved. There may be an issue with the Instagram access token that you are using. Your server might also be unable to connect to Instagram at this time. Error: API requests are being delayed for this account. New posts will not be retrieved. There may be an issue with the Instagram access token that you are using. Your server might also be unable to connect to Instagram at this time.

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【不登校】人に会いたくないと言う息子

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凸凹ママ わたしの実家暮らしでわたしの両親健在。 不登校が始まった当初の状況です。 今から4年前。 小学生だった彼の不登校は、発達障害ADHDの告知とほぼ同時に始まりました。 『薬、飲ませてください。 ひどいです。 今日も、、、、』 そんな内容の連絡ノートを学校から持たされてくる息子。 なんの権利があって薬を飲ませろというんだろうか。 将来、いや、今だって、何かあったらどうする気なんだろう。 コンサータというADHDのお薬を内服し始めてとても調子よく学校に行っていた息子。 でも、投薬を始めて、一ヶ月くらいした頃から副作用の方が目立ってきて、食べれない、眠れない。 こんなこと続いたら死んじゃうよねって思って、主治医に話したら休薬しましょうって。 だから飲ませるのやめた。 何より彼らしさがなくなってしまって。 優しかった息子は冷たい目をしてわたしや母に攻撃の言葉を吐くようになった。 そんな風にしてまで薬を続けたくないと思うことを話したにもかかわらず、学校はこんな対応。 学校が大好きだった息子が朝、登校を渋るようになってきた。 切なそう、辛そう。 そんな息子を見てて、つい、 『学校休む?』と言ってしまったわたし。 そしたら息子はびっくりした顔をして、 そして、『休んでもいいの?』と。 『いいよ』と言ったらホッとした顔になった。 よかった。 この顔、して欲しかった。 たった1日と思ったのが、何日も続くようになり、担任からは1日3回以上電話が来るようになった。 気が狂いそうだった。 毎日、朝、今日も行けません、とファックスする。 電話をするといろいろ聞かれるのがいやだから。 理由なんか知らない、わかんない。 こっちが知りたい。 息子とも毎朝ケンカ。 行く行かないで揉めて、疲れ果て、諦める。 結局、行けないでファックスすると担任から電話が来る。 学校に行けなくなって半年近くが経った頃、学校に行けない理由を息子がこっそり話してくれた。 実は、ADHDの特性で身の回りのことができなかったりするのだけど、机周りが散らかったり、身なりが整ってないことをからかわれていたらしい。 かわいそうなことをしてしまった。 無理矢理にでも髪をとかせばよかった。 シャツをズボンに入れればよかった。 それを担任に話したら、驚いたことに担任から返ってきた言葉は、『からかわれても仕方ないと思います』と言う心ない言葉だった。 わたし、思わず、校長室で担任を怒鳴りつけてしまった。 そちらの学校は、バカな子にバカと言っても仕方ない、という教育方針ですか? 汚いからと言って、汚いと言っていいと教えているのですか? 担任は黙っていました。 小学校5年生から始まった不登校。 息子の体も大きくなり、わたしもいい加減、どうしようもなくなってきた。 息子にやられて肋骨骨折。 階段から蹴落とされる。 結膜出血。 歯もグラグラ。 そんなにしてまで学校行かなきゃならない? 息子も布団から出られない。 毎朝、格闘する。 だって学校から電話が来る。 担任が家に来る。 学校に来なさいと毎日屋のような催促が来て、しまいには30日以上出席しないと県の教育委員会に報告します、と言われた。 それが何か息子の将来に影響があるのかと問うと、いえ、特に、と。 矢のような催促は保身のためだったようだ。 わたしに言っても無駄だと思ったのか息子に向かって、 『これ以上学校を休むと好きなことできなくなるかもしれないよ』 と言ったそうだ。 脅しだと思った。 なんでわたし、こんな教師のために、可愛い可愛い世界で1番大切な息子と怪我をするほど戦っているのだろう。 なんで、宝物を傷つけているのかな。 わたし、戦う相手間違ってない?おかしいのはどっち?普通って何? 戦うのやめました。 学校からの電話は徹底的に無視。 担任とは話さない。 もういい、息子とわたしを苦しめる、学校なんか行かなくていいし。 わたしがそんな風に開き直った頃、息子は布団から出てこれるようになった。 新年度になり、担任は同じだったけど、連絡をくれる先生が変わった。 新しい先生が来て、息子が学校に来やすいようにしましょうといろいろと策を練ってくれた。 そんな中で、教育委員会の先生と相談する機会があり、そこで、息子の気持ちを中学校へシフトさせる作戦を立ててくださった。 勉強も、中学校の教科書を用意していただいて。 中学は楽しいよ。 そんな風に彼の気持ちを少しずつ前へ前へと向けるようにしていってくれた。 そんな風にして、運動会などの大きな行事だけは行けるようになって、放課後、学校へ行くようになった頃、ドラムと出会う。 『何したい?』 と優しいお兄さんのような先生に聞かれて、ドラムが叩いてみたい!と。 彼が学校に希望したのは初めてのこと。 先生もこころよく対応してくれた。 初めて叩いたドラム。 いきなりから結構うまく叩けた! お兄さん先生が興奮して、 『お母さん!ドラムセット買うべきです!才能あります!』 と。 嬉しいながらもそんな高価なもの、母子家庭で買えるはずもなく。 そんなことをFacebookで書いたらすぐに電子ドラムを譲ってくれる友人が現れて彼はドラムに夢中になった。 本当にありがたかった。 小学校の卒業式。 息子は多分1番泣いてた。 後悔の涙だろうか。 そうじゃないことを祈りながら特に涙の理由も聞かなかったけど、息子は 『もっと学校に行けばよかった』 って。 『過ぎたことは忘れていいよ。 中学校でもっと行けばいいじゃん』 そうやって気持ちを前へ前へとシフトさせていった。 努力の甲斐あってか、中学では薬もなしで1ヶ月、積極的に委員会にも立候補して頑張った。 けど、頑張りすぎたのかなぁ、5月になって学校行かなくなってしまった。 無理してしまったんだろうね、と担任の先生も言ってくれた。 中学校とは程よい距離を保つことができて、布団に逆戻りすることもなく、学校の友達とも遊ぶことができるようになっていた。 ただ、外に出るときは帽子とマスクが欠かせず、パーカーのフードを深々とかぶっていた。 まずはまた学校には行けなくなったけど、学校との関係が良好だったので、今回は追い詰められることもなく、かなり気が楽だった。 その年の夏。 再婚することになり、転校。 それを機会に通えるかなぁと思ったけど、学校自体に苦手意識があるのか通うことはかなわなかった。 しかし、担任の先生が大変理解のある先生だった。 息子が他の生徒さんに会いたくないという気持ちを優先させてくれ、夕方の登校が叶った。 一対一でなら、勉強も楽しくできて、息子は数学が好きだと言うまでになった。 そしてその頃、幼馴染のギターボーカルの子と、バンドを組んで一緒に練習するようになった。 そしてついに今年の春、ライブハウスデビューすることができた。 それ以来、マスクも帽子もなしで出掛けられるようになった。 わたしもカフェをオープンさせることができ、学校へ行けない昼の間も、カフェの手伝いをして過ごすようになった。 『カフェにいることでお客様から学校は?と聞かれることもあるけどそのときは本当のことを話してもいいか?』 と問うと 『いいよ』 という返事でかなり開き直ることができていた。 このとき彼は中学三年生になっていた。 あれから四年が経っていた。 さらには、高校も隣県の音楽を学べる学校を選び、そこへ行くことになった。 学校で辛い思いをして布団から出られなかったら彼。 耐えて耐えて頑張り抜き、周りからのフォローもあってようやくここまで。 そして今はイキイキとカフェを手伝いながら、ドラムを叩き、来春を楽しみに待っているところだ。 不登校の体験談を引き続き募集しています。 (当事者や保護者など)書き方マニュアルを作っていので書きやすいと思います。

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