囲碁 依田。 囲碁の依田九段はツィッターで日本棋院のどんなことを批判していたのですか?

囲碁対局停止処分の依田九段 「最後の無頼派」の仰天伝説|NEWSポストセブン

囲碁 依田

* * * 依田九段は1966年北海道美唄市に生まれ、岩見沢市で育った。 小学5年生で単身上京し、安藤武夫七段宅で内弟子生活を送る。 1980年、14歳でプロ入りしたときから「将来の名人」と目され、その期待通り2000年に念願の名人となった。 名人4連覇や世界チャンピオンになるなど、トップ棋士として活躍していた。 一流棋士でも、国民栄誉賞を受けた井山裕太三冠ら平成生まれになると、常識的な人がほとんどだ。 けれども、借金にまみれ、アルコール中毒、さらには病気と闘いながら碁を追究した藤沢秀行名誉棋聖に代表されるように、昭和以前生まれは実に個性豊かな棋士が多かった。 依田少年は持ち前の集中力で碁に没頭し、碁盤の目(縦横の線)がすり切れて消え、のっぺらぼうになるまで碁石を並べて勉強した。 その一方で、一般常識と思われるようなことが、できないこともあった。 たとえば、20歳を過ぎても、ネクタイをひとりで結べなかった。 碁に関係ないこと、必要があると思えないことは覚えようとしないのだ。 テレビ対局のときなどは、首を差し出してスタッフらにネクタイを締めてもらっていた。 そんな状況でも、「何かに大きく秀でている子は、何かできないことがあるものだ。 仕方がない」と、師匠は無理に教えこもうとはしなかった。 18歳で内弟子から独立して一人暮らしを始めたのは、遊びたいがためだった。 碁の勉強を疎かにし、博打、酒、オンナにのめり込んでいったという。 〈この当時は女性が複数いる時期のほうが長かった。 電信柱すら女体に見えるサル状態だったから、最高で8人同時進行という時期もあった。 それでもほとんど罪悪感はなかった。 恋人の関係という意識が希薄だったからである〉 と、依田九段は著書『どん底名人』(角川書店)でも吐露している。 タイトル戦で韓国を訪れたときも、時間が空くとカジノに向かった。 バカラをやるためだ。 持ち金は100万円。 負けている時間のほうが長かったのだが、いっとき、勝ちが続いてもやめないし、残りあと数万になっても「これだけ残っているから」とやめない。 結局100万円をすべて使い切って、やっと勝負が終わる。 「こんなところで勝って、運気を使ってはいけない」と依田九段は大真面目に言うのだ。 持ち金の範囲内ならまだいい。 韓国に対局に行くと決まってカジノに入り浸りになり、借金をしてまでギャンブルにのめり込むこともあった。 「金銭感覚が麻痺し、やめられなかった」と著書『プロ棋士の思考術』(PHP新書)で記している。 原四段が出張で家をあけて帰ってくると、ガスコンロの火がつけっぱなしだったことがあった。 依田九段が火をつけたものの、消し方が分からなかったのでそのままにしたというのだ。 また、当時、依田九段はファミコンの「三国志」に凝っていて、朝から晩までやっていた。 原四段が仕事に出たときと、2日ほどたって帰ってきたときの、依田九段のテレビの前でコントローラーを握り座っている姿勢が全く同じだった。 違うのは、依田九段の周りに、ビールの空き缶や食べ物の空袋などが散らばっていたことくらい。 これほどまでに集中力があるから名人にもなったのだと、妻は妙に感心したという。 妻とは現在、別居中で一人暮らし。 料理をしたとき、野菜の切れ端や食べ残しなど生ごみをトイレに流し続け、詰まらせたことも。 排泄物もそうなる前の食材も、同じだろうから流してもいいと考えたというのだ。 じつは20歳前後まで、依田九段は無口だった。 小学生から成績はほとんど「オール1」だったといい、十代のころは、勉強ができない劣等感が強かった。 「こんなアホの話は誰も聞かないだろうし、バカがばれるから」と、しゃべらなかった。 ようやく人前でも話せるようになったのは、新人王などのタイトルを獲得したころからだろうか。 驚くほど雄弁になるとともに、自分のことも赤裸々に正直に話すようになった。 依田九段の信条は、「絶対にウソはつかない」。 ウソをつくと後々の辻褄合わせが大変になる。 本人も過去に「バカだからどんなウソか覚えていられないから、ウソはつかない」と話していた。 ギャンブルにのめり込むことがあっても、囲碁に対してのひたむきさを失わなかったのには理由がある。 20歳前、新宿歌舞伎町に入り浸り、遊び惚けて碁の勉強をしなくなった依田九段が立ち直ったきっかけがあった。 先輩棋士からこんな言葉を突きつけられたのだ。 「依田君、何が惨めかって、碁が弱い碁打ちの人生ほど惨めなものはないよ」 この言葉が心に刺さり、碁に向き直ったという。 今でも何かあると、自転車に乗って、亡くなったその先輩棋士の墓参りに行くのだとか。 プロ棋士なのだから当たり前といえばそれまでだが、対局前夜は、酒はほどほどでさっと切り上げるようになった。 酒もギャンブルも結局はやめられないのだが、囲碁には真摯に向かった。 いまも依田九段の碁に対する真っ直ぐな気持ちは揺らいでいないだろう。 「棋譜(打った碁の記録)は生きた証」と依田九段は言う。 今回の日本棋院とのゴタゴタで、半年間、生きた証を残せないことになる。 依田九段は〈このところの一連の棋院の対応は理解しかねる〉として、近日中に記者会見を開く予定だという。 自身のブログでは、〈日本棋院現執行部のつき続けてきた嘘を明らかにする〉としたうえで、〈記者会見で執行部の嘘を証明できなかったら切腹する〉と綴るなど、並々ならぬ覚悟がうかがえる。

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酒、女、博打でどん底を味わった囲碁・依田九段の壮絶人生

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10歳でプロ棋士となった仲邑菫(なかむら・すみれ)初段の活躍でブームが高まる界に異常事態が起きている。 元名人が碁を打てない? 何が起きているのか。 事件は昨年6月の準決勝で起きた。 その頃ツイッターで小林執行部を批判していた依田氏は、対局場に現われず不戦敗となる。 これにスポンサーのフマキラーは今大会限りでの棋戦の廃止を決定し、日本棋院は大ダメージを受けた。 怒った小林氏は、依田氏が執行部批判を繰り返して準決勝を欠席したことで、「棋戦そのものに傷が付いたとして、フマキラー社がスポンサーを降りる意向を示していた」と説明し、処分を検討すると言及した。 小林氏も囲碁界最高のタイトルである棋聖などを獲得した名棋士で、依田氏とはタイトルを争ったライバル。 「英才特別採用推薦棋士」制度をつくり、仲邑初段を見出した、現在の囲碁ブームの仕掛け人とも言われる。 対して依田氏は記者会見(昨年10月30日)を開き、逆襲に出る。 欠席の経緯をこう語ったのだ。 「前日に会場ホテルに入ったが、ホテルの一室で小林理事長は『依田は対局すべきではない』『依田を優勝者にさせるわけにはいかない』と言い、私は理事長から準決勝対局の不戦敗を申し渡されました。 前夜祭の出席も許されませんでした」 両者の主張が完全に食い違っている。 依田氏の妻で日本棋院の現職理事でもある原幸子四段が、別件で小林氏を訴えていたのだ。 訴状や裁判記録からざっと経緯をたどってみる。 原告の原氏はNHKの囲碁番組で司会を務めたこともある人気女流棋士。 トラブルの発端は2018年の理事選挙の際、当時常務理事だった原氏が棋士たちに送ったメールだった。 〈今回の役員選挙。 この2年間での常務理事会の中で規約違反など様々な理由で注意を受けた人間が反旗。 日本棋院内部の権力闘争である(團氏は本誌取材に「訴訟について、私は何も知りません」と回答)。 この團氏が昨年3月、日本棋院の経営立て直しに失敗したことを理由に突然辞任し、副理事長だった小林氏が理事長に就任すると、原氏は「中傷メールを送った」と臨時理事会で常務理事を解職(理事は継続)される。 原氏は昨年8月、解職決議は無効だと地位保全の訴訟を起こす。 そもそも依田氏がツイッターで小林氏を批判したのは、妻の解職に納得できなかったからだった。 本誌は原氏に取材を申し込んだが、「訴訟中なので取材は受けられない」と話すのみ。 かわりに依田氏に話を聞くことができた。 「覚さんとは棋士の中で一番仲が良かったんです。 仲邑菫ちゃんの話もして、入段(プロ入り)はいいことだと。 しかし、組織のあり方は間違っている。 現体制は、自分の仲間は擁護するけれど、気に入らない人間はどんな理屈をつけても排除しようとする集まりにしか見えない」 日本棋院は「係争中のため、コメントを差し控えさせていただきます」と答えた。 日本棋院では仲邑初段に続けと12歳の上野梨紗氏、13歳の張心澄(ちょう・こすみ)氏らが続々プロ入り。

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どん底名人

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囲碁界最後の無頼派が、自らの人生を赤裸々に語る 高濱正伸氏 花まる学習会代表 、小沢一郎氏 アマ六段、代議士 推薦! 「私はこの本を、遺言のつもりで執筆した」 北海道から単身上京して内弟子となり、囲碁界の頂点を極め、しかし女やギャンブルに溺れ下り坂に至るまでの明暗を、自ら向かい合い書き抜いた類まれなる自伝。 本書を読んでちょっと悲しくなった。 いろいろあったんだろうが、まだ50過ぎなんだし、「遺言」 は早いよ。 本業の碁でもう一花咲かせてよ。 井山裕太を吹っ飛ばしておくれよ。 「どん底」なんて言 っていないでさあ。 いくらやっても強くならないヘボ碁打ちから見たら、依田さんなんてホント、神 様から選ばれし人なんだよ。 週刊誌を読んだ。 もし奥さんの言われることが事実なら、人としてどうかと 思う、ただの無茶苦茶である。 自分をどん底なんていう資格はない。 まだ責任感らしき?ものがあっ た、故藤沢秀行名誉棋聖とは全然違う。 これからの人生、奥さんや子供たちへの罪滅ぼしに使うべき だ。 しかし、それは碁を通じてしかない。 色々な意味で衝撃的な本で、著者の「執念」のようなものを感じた。 依田紀基九段は、かつて囲碁のビッグタイトル「名人」位を四連覇するなど、偉大な棋士である。 囲碁を始めた小学校時代から51歳になる現在までを赤裸々に振り返った自伝であり、 オール1の劣等生で、教師から「顔が変形するまで殴られた」こと。 内弟子から一人暮らしをするようになり、女、ギャンブルにおぼれて借金まみれになったこと。 棋士としての絶頂期から一転した現在の「どん底」生活。 以前出版した「プロ棋士の思考術」とかぶるエピソードもあるが、今回はゴーストライターを使っていないとのことで、より詳細な内容となっている。 依田九段の文章は小説家のようなソレとは違うが、読みだしたら止まらない実直さと軽快さがあり、 囲碁を知っている人はもちろん、知らない人でも興味深く読める内容ではないかと思う。 また、偉大なる無頼派棋士「藤沢秀行名誉棋聖」とのエピソードは特にハチャメチャで、いわゆる放送禁止用語が何回も出てくる。 自身の女性関係についてもぶっちゃけており、「最大で8人同時進行」やら、「電柱すら女体に見えて抱きついていた」など、女性が読むと顔をしかめてしまうかもしれないので注意が必要である 笑 依田九段の「哲学」のようなものが随所にちりばめられているが、正直に言えば極端すぎるので共感はできなかった。 だが、破天荒な人間の生き方を垣間見る、という意味でとても面白い。 今後も棋士としてひと花咲かせてほしい、と思わずにはいられない読後感があった。 依田紀基といえば、年配囲碁ファンの私にとっては、いっとき世界でいちばん強かった棋士です。 名人位4期など国内棋戦でも一流の成績を残していますが、なんといっても国際棋戦での実績がすばらしい。 日中スーパー囲碁で聶衛平を破る(1994年)、三星火災杯優勝(1996年)、農心辛ラーメン杯世界囲碁最強戦優勝(2006年)。 いま、井山が世界戦の決勝に進出したことがニュースになるほど中国・韓国におくれをとっている日本ですが、依田の全盛期には正面からわたりあって遜色なかったと記憶します。 180センチ90キロの堂々たる体躯、ふてぶてしい顏、ぶっきらぼうな話し方。 バクチ好きで、バカラ地獄にはまっているらしいという芳しくないうわさなど、盤外でも豪傑ぶりが伝えられていました。 しかしまあ、囲碁の世界には藤沢秀行という、酒・バクチ・女の三拍子そろった破天荒な棋士がいたので、それに比べれば騒ぐほどのことでもない。 その依田が「私は現在、ある意味、バカラ地獄以上の人生のどん底にいる」と赤裸々に告白しています。 結婚後もおさまらなかったバクチと浪費癖のせいで、家を失い、家族とは別居している。 命に代えてもというほど愛する3人の息子にはもう2年間も会えていないという。 「子供に会いたい。 私の一番の望みはこのことである。 」 後悔と血涙。 あの依田紀基が、孤独のなかでのたうちまわっている。 なんということか。 依田は本書を息子たちへの「遺書」だと言っています。 それなら、囲碁に命をかけて死んだ男の、底知れぬパワーをもういちど見せてほしい。 5~60代にもタイトル戦を闘っていた師秀行の、衣鉢を継いでほしい。 依田がもういちど輝く姿がぜひ見たい。 僕は一芸に秀でたダメ人間が大好きである。 ある分野では天才だが、社会人としては失格のダメ人間。 囲碁棋士なら藤沢秀行がその筆頭だが、横山やすし、勝新太郎、藤山寛美、古くは太宰治や桂春団治など。 サラリーマンとしては絶対生きていけない人達。 自分の身近にはいて欲しくないが、こういう人達の武勇伝を聞くのは大好きである。 酒、ギャンブル、女、借金がお約束であり、それにまつわる常人離れしたエピソードの数々を聞くのが大好きだ。 本書の著者である依田紀基もそのタイプの人間であり、囲碁の才能がなければ生きていく事のできないダメ人間である。 囲碁界のダメ人間の筆頭である藤沢秀行にはまだまだ及ばないが、私生活においては秀行の正統な後継者であるといえよう。 依田は名人4連覇など囲碁棋士としては超一流であるが、本書ではその裏の顔が赤裸々に告白されている。 まあ私生活はムチャクチャである。 しかし、これだけ正直に告白してるのは好感が持てる。 カッコつけようとしていないのがいい。 バカラ賭博にはまって借金地獄に陥ったり、女を八股かけてたり、そして現在はインポになってしまった事まで正直に告白している。 そして、依田はこの自伝の内容を今は別居していて会う事のできない息子たちに伝えたいと書いている。 しかし、自分の父親がサル並の性欲モンスターで八股かけてて、電柱を見ても女体を連想して突っ込もうとしたり、今はインポになってしまったという告白を息子が読んでどう感じるか不安ではあるが・・・。 僕も囲碁をやるのだが、こういう無頼派の棋士は応援したくなる。 勝負師は型破りな方が面白い。 どうも最近は真面目な棋士ばかりで面白くない。 特に若手は井山裕太を筆頭に、一力遼とか芝野虎丸とか、どっからどう見ても好青年で品行方正。 社会人としても彼らはちゃんとしているだろうと思う。 囲碁以外の分野でもちゃんと生きていけるだろう。 それはそれでいいのだが、破滅型の若手棋士も出て欲しい。 だって、そういう囲碁しか取り柄がないって人が人生賭けて打つ碁って面白そうでしょ。 そして、依田紀基にもまだまだ期待してる。 老け込むにはまだ早い。 藤沢秀行は60歳過ぎてからタイトル取ってる。 最近依田は国際戦の元老戦で活躍してるしまだまだいけるでしょ。 頑張れ! 作者が大分前テレビで、好きな歌は、どうどうどっこの歌であると言っていたのを思い出す。 囲碁の勝負は一生を賭ける値打ちのある頭の格闘技であり、努力が囲碁の神様に認められたような大活躍を続けた。 家族にも恵まれたが、韓国でのバカラ、競馬、誘われての株投資と、心の隙間から失敗が始まり、タイトルを失い収入は激減、大きなマンションは処分し、家族とも別居する失意の人生となった。 小遣い一日千円の耐乏生活に耐えることとなった。 山有れば谷ありと言うがそのとおりの半生となった。 それが飾らぬ言葉で書かれているので感心した。 囲碁の感想戦さながら、失敗の原因が深く詳しく書かれているので一気に読むことができた。 勉強嫌いの暗い学生時代、経済的苦しさ、それがたんたんと書かれているので重苦しい思いをせずに読めると感じた。 その背景には一貫する囲碁への愛と家族への愛が感じられた。 現在はコンピュータ同志の名対局を研究していると書かれている。 また作者の迫力ある対局を期待したいと思った。 囲碁棋士・依田紀基の自伝。 タイトルに「どん底」とあるように、たしかに波乱万丈、人生すごいところまでいっちゃってるんですね・・・。 けど、自分をどん底に追い込んだのは依田さん自身でしかないし、自業自得だろうという感想しか持てませんでした。 囲碁界も若手がどんどん台頭してきてるけど、私は依田さんだってまだまだ第一線の棋士だと思うけどなぁ。 50歳は「遺言」なんて言って枯れるような年齢ではないですよ。 もう地獄見ちゃったんだから、開き直るような気持ちでまだまだ頑張ってほしいです。 自分の行いのせいでどん底味わった自業自得のこの人だけど、何よりも「この人、ダメだろ」と思うのは、 別居中の子供たちから会ってもらえないような状況であるにもかかわらず、こんな本を出してること!! 別居してて直接伝えられない状況だから、本という形で自分が人生で学んだ経験を子供たちに伝えたいと書いてはいる。 でも、バクチ・酒・女におぼれ、最高で8股してたなんて、そんなことを世間にさらしてくれるなよ・・・・。 子供全員未成年なのに、こんなん読んだらどう思うよ・・・かわいそうだよ・・・。 この人生、いま、本という形で未成年の子供に知らせるべきなのかなぁ。 自伝出すのは勝手だけど、奥さまや子供たちの気持ちを考えると 「息子たちに伝えたい」なんて書くべきじゃなかったのではと思います。 あまりに自分勝手としか思えません。

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