薬師寺。 薬師寺|足立区伊興にある曹洞宗寺院

薬師寺 口コミ・写真・地図・情報

薬師寺

薬師寺といえば、薬師三尊像、写経体験、平山郁夫といろいろ見どころはありますが、やはり一番印象的なのは、東塔と西塔の美しい姿ではないでしょうか!? 若草山の山焼きもこの2つの塔を入れての写真が人気です。 ただ、薬師寺の東塔は2010年(平成22年)晩秋から約10年間 約1世紀ぶりの解体修理に入っています。 また、年輪年代測定の結果、薬師寺の東塔は710年の平城京遷都以降に建てられた可能性の高いことが明らかになっているそうです。 ところで、 薬師寺の東塔と西塔は何重の塔とおもわれますか? 6重の塔のように見えますが、6重の塔とはあまり聞かないから、五重塔?と思われている方も多いと思います。 薬師寺の東塔と西塔は実は三重の塔なんです。 薬師寺の東塔と西塔の違い等についてもご紹介します。 薬師寺の東塔の修理はいつまで 東塔と西塔の違いは?三重塔?五重塔? 薬師寺は天武天皇が皇后の病気治癒を祈願して680年に建てたお寺です。 藤原京にあった薬師寺は、「本薬師寺」とよばれ、今は本薬師寺跡しか残っていません。 薬師寺の東塔の修理はいつまで 東塔は、解体修理工事は2010年晩秋から始まり、約10年後の2020年まで見ることができません。 落慶法要は2020年4月22~26日と発表されています。 平成21年より解体修理に着手しており、現在は覆屋に覆われておりその姿を拝むことは出来ません。 修理の概要として、瓦、木部、基壇などを全て解体し、地下の発掘調査が行われます。 その後、傷んだ部分の修繕を行いながら再び組み上げ、平成32年の春に修理が完了する予定です。 薬師寺の東塔と西塔の違いは? 東塔と西塔は、その美しい姿によって、海外からも高い評価を得ています。 薬師寺の東塔は創建以来いくつもの戦禍や火災をくぐり抜け、薬師寺伽藍唯一の創建時の建築物として今日までのこっているものです。 が、西塔は1981年、40年ほど前 453年ぶりに、再建されたものなんです。 西塔は1528年、兵火によって金堂、講堂、中門、僧坊などとともに焼亡しました。 薬師寺にのこされた伽藍は東院堂(鎌倉時代の再建)と東塔だけになってしまっていました。 1960年代後半以降に復興事業が進められ、1981年、453年ぶりに、薬師寺に東西両塔が並び、 2002年までに中門、回廊、大講堂が次々と再建されました。 薬師寺の東塔と西塔も両方、各層に裳階(もこし)を付けているため、六重の塔に見えますが、三重の塔です。 薬師寺の東塔は特異な形が、全体として律動的な美しさを保ち「凍れる音楽」との愛称で親しまれているそうです。 薬師寺の塔の裳階は天武天皇に寄り添う持統天皇を表したものともいわれる、ロマンチックな説もあるんです。 ただの装飾ともいわれていますが、有効な耐震構造の働きをしているそうです。 薬師寺の東塔と西塔の違いは、見ればすぐにわかります。 1300年年月の違いがあるんですから。。。 新旧の、色の違いはもちろんですが、 屋根の反りの違い、連子窓(れんじまど)があるかないか等、よく見るといくつかの相違点があります。 なんでも、 東西両塔の大きさ、形状の違いは木材の乾燥収縮を、基壇の高さの違いは地盤沈下を考慮したものであり、500年後には東西両塔が同じ高さになり、1000年後には屋根が設計どおりの形状になるのだそうです。 六重の塔って? 薬師寺の東塔と西塔を見ると、六重の塔に見えます。 六重の塔に見えるのは、各層に裳階(もこし)が付いているからですが、六重の塔はないのでしょうか? 六重の塔がないのは、 仏教では「奇数」は「陽(能動)」、「偶数」は「陰(受動)」という考え方をします。 「塔」のような地面から立つ縦に長いものは「能動」の表れであることから、三重塔・五重塔のように奇数のものに限られています。 まれに四重塔に見えるものもありますが、ほとんどが一番下の屋根は「裳階(もこし)」という「庇(ひさし)」である「三重塔」です。 五重塔は興福寺をはじめ法隆寺・室生寺・海龍王寺・元興寺と数多くあります。 五重塔は仏教の世界観・五大思想から、下から「地」「水」「火」「風」「空」を表しているといわれています。 三重塔は下から「国家万民」「官吏等の支配階級」「天子(国王・帝)」の安心・安寧を願うためのものとする天台宗の考えの反映とされています。 (三重塔は天台宗の寺院に圧倒的に多い) 最後に 薬師寺はピカピカしていて、写経など、お金儲けがすごいって少し思っていましたが、 創建当時の偉容を復元しつ 高田好胤(たかだこういん)が中心となって写経勧進による白鳳伽藍復興事業が進められてきた。 白鳳伽藍には天武天皇の立派な理想の国を造ろうと熱意を表しているということで、これから先の日本を見据えての復興だったのですね。

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薬師寺|足立区伊興にある曹洞宗寺院

薬師寺

薬師寺の概要 曹洞宗寺院の薬師寺は、医王山と号します。 薬師寺は、肅州巌和尚が開山となり、万治2年(1659)創建したといいます。 薬師寺の概要 山号 医王山 院号 - 寺号 薬師寺 住所 足立区伊興5-4-3 宗派 曹洞宗 葬儀・墓地 - 備考 -• 薬師寺の縁起 薬師寺は、肅州巌和尚が開山となり、万治2年(1659)創建したといいます。 新編武蔵風土記稿による薬師寺の縁起 (伊興村)薬師寺 曹洞宗、江戸末、医王山と號す、本尊薬師行基の作なり、開山は肅州巌和尚万治二年八月九日寂す。 (新編武蔵風土記稿より) 「ブックレット足立風土記伊興地区」による薬師寺の縁起 薬師寺(伊興五丁目) 曹洞宗。 山号は医王山薬師寺。 本尊は薬師如来。 伊興村の年中行事である大般若は、当寺から出発し当寺に納められました。 (「ブックレット足立風土記伊興地区」より) 足立風土記資料寺院明細による薬師寺の縁起 東京府管轄橋場町中本寺末 東京府管轄武蔵国足立郡伊興村 医王山薬師寺 万治3年8月9日創立、嶺巌開山 埼玉県管轄武蔵国足立郡大田久保村善蔵長男、文化元年9月15日同国豊島郡赤塚村於得度、文政2年冬東京府管轄同国同郡同村首職、文政8年8月15日当寺ヘ初住、文政13年9月10日宣旨拝戴、以上僧一人。 境内、1反29歩、但年貢地。 檀家16軒。 (足立風土記資料寺院明細より)  薬師寺の周辺図 薬師寺 .

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薬師寺・東塔

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薬師寺見どころ 薬師寺見どころ・簡単まとめです。 東塔(国宝)は一見六重塔のように見えるが、総高約34. 1メートルの三重塔です。 各層に裳階言われる屋根が取り付けられています。 西塔は1981年(昭和56年)、500年後に東塔と同じ高さになるように約30センチ高く建立されました。 (薬師寺見どころ下記参照) 目次• 【薬師寺見どころ 基礎情報】 薬師寺(やくしじ)は680年(天武天皇9年)第40代・天武天皇の発願により、鵜野讃良(うののさらら・持統天皇)の皇后の病気平癒を祈願する為、藤原京右京八条三坊に創建されたが、710年(和銅3年)の平城京遷都後に現在の場所である西ノ京に移されたと言われています。 ちなみに当初の薬師寺では688年(持統天皇2年)に無遮大会(かぎりなきおがみ)が行われ、698年(文武天皇2年)には伽藍がほぼ完成したと言われています。 その後薬師寺は973年(天禄4年)の火災や1528年(享禄元年)の筒井順興の兵火により、多くの伽藍を焼失し、創建当初の建物は東塔だけになりました。 東塔は730年(天平2年)に建立されたと言われています。 東塔は薬師寺内の最古の建物とも言われています。 ただ地震・台風で損傷し、度々修理されています。 東塔は一見六重塔のように見えるが、三重塔です。 三重塔の各層には裳階(もこし)と言われる小さな屋根(下から1・3・5番目)が取り付けられ、六重塔のように見えます。 東塔はその姿から「凍れる音楽」とも評されているそうです。 なお東塔は本瓦葺です。 1メートルで、京都東寺の五重塔・奈良興福寺の五重塔・京都醍醐寺の五重塔に次いで、4番目に高い塔です。 なお東塔はかつてお釈迦様の人生を表した釈迦八相(しゃかはっそう)の内、前半の四相(因相)を表した塑像群像を安置していたが、室町時代に破損して仏壇に改められました。 東塔は元々お釈迦様のお墓を意味します。 東院堂は養老年間(717年~724年)に皇女・吉備内親王(きびないしんのう)が第43代・元明天皇の冥福を祈る為に建立したが、973年(天禄4年)の火災によって焼失し、1285年(弘安8年)に再建されました。 その後1733年(享保18年)に南向きから西向きに変えられたそうです。 東院堂は水害や湿気を避ける為に基檀が高いと言われています。 なお東院堂は本瓦葺の入母屋造です。 聖観音立像は聖観音(しょうかんのん)とも言われています。 西塔は500年後に東塔と同じ高さになるように東塔よりも約30センチ高く再建されました。 なお西塔は東塔とデザインは似ているが、東塔が裳階(もこし)が白壁なのに対し、西塔は連子窓(れんじまど)になっています。 東塔も当初連子窓だったが、その後白壁に改修されたそうです。 【薬師寺 金堂・見どころ】 金堂は1528年(享禄元年)の兵火によって焼失し、その後豊臣家が金堂仮堂を建立したが、大阪夏の陣による豊臣家滅亡などにより、約400年間仮堂のままでした。 その後1976年(昭和51年)に再建されました。 なお金堂の内陣は鉄筋コンクリート造です。 玄奘三蔵院には日本画家・平山郁夫が30年の歳月を掛けて制作した縦約2. 2メートル・長さ約49メートルの大唐西域壁画があります。 玄奘三蔵院は1991年(平成3年)に建立され、玄奘塔には玄奘三蔵像を安置しています。 大講堂は1852年(嘉永5年)に焼失し、2003年(平成15年)に再建されました。 大講堂は薬師寺白鳳伽藍の雄大さを象徴しているとも言われています。 【薬師寺 蓮・見どころ】 薬師寺は蓮の名所です。 蓮は鐘楼周辺に鉢植えにされて並べられています。 蓮は例年6月下旬頃から8月中旬頃に見頃を迎えます。 ちなみに蓮の見ごろは午前中と言われています。 ちなみにロータス(Lotus)は蓮です。 【薬師寺 花会式・見どころ】 毎年3月25日から3月31日に花会式(はなえしき)を行っています。 花会式では10種の造花を本尊・薬師如来に供え、薬師悔過法要が1週間行われます。 結願の夜には鬼追式が行われます。 鬼追式では薬師如来の力を授かった毘沙門天が暴れ回る5匹の鬼を退散させます。 【薬師寺 玄奘三蔵会大祭・見どころ】 毎年5月5日に玄奘三蔵会大祭(げんじょうさんぞうえたいさい)を行っています。 玄奘三蔵会大祭では法相宗の始祖・玄奘三蔵法師(げんじょうさんぞうほうし)の遺徳を顕彰します。 【薬師寺 天武忌法要万燈会・見どころ】 毎年10月8日に天武忌法要万燈会(てんむきほうよう・まんとうえ)を行っています。 天武忌法要万燈会では約1,000基の置き燈籠に灯りを灯し、大講堂の本尊・弥勒三尊像の前に天武天皇像などの絵像を祀り、天武天皇の遺徳を偲びます。 【薬師寺 慈恩会・見どころ】 毎年11月13日に興福寺(こうふくじ)と隔年で慈恩会(じおんね)を行っています。 西暦偶数年は薬師寺、西暦奇数年は興福寺で行われます。 慈恩会では中国・唐代きっての学僧で、法相宗の宗祖である慈恩大師・窺基(きき・基(き))の遺徳・学徳を偲びます。 【薬師寺 お身拭い・見どころ】 毎年12月29日にお身拭い(おみぬぐい)を行っています。 お身拭いでは新年に備えて、金堂などに安置されている諸仏を拭い清めます。 お身拭いでは先ず午前中にお正月用の餅を搗き、餅搗きに使ったお湯は午後からのお身拭いに使われます。 【薬師寺 本薬師寺跡・見どころ】 本薬師寺跡(もとやくしじあと)は特別史跡です。 本薬師寺跡は橿原市城殿町279(畝傍御陵前駅近く)あり、金堂の礎石・東西両塔の上壇や塔の心礎などが残されています。 本薬師寺は11世紀初頭まで存続していたとも言われています。 【薬師寺見どころ 備考】.

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