関電 同和。 森山栄治 (地方公務員)

タブーな質問ですが、「同和問題」についてです。

関電 同和

会見では被害者ヅラで責任逃れ(関西電力HPより) 関西電力の八木誠会長ら幹部が、福井県高浜町の元助役・森山栄治氏から少なくとも3億2千万円相当の金品を受け取っていた問題。 会見で岩根社長は、保管した金品を返さなかったことについて「森山案件は特別で、おびえてしまった」などと釈明。 昨年9月11日付の調査委員会による報告書などを持ち出し、森山氏が「お前の家にダンプを突っ込ませる」「お前なんかいつでも飛ばせる、なんなら首も飛ばすぞ」などと「脅し」を繰り返していたと強調する一方、経営陣の進退については「原因究明、再発防止をしっかりやることで、経営責任を果たしたい」などとして、自身や八木会長らの引責辞任を否定した。 こんなことが許されるわけがない。 とりわけひどいのがネットだ。 森山元助役の「恫喝」や「暴言」の数々が報じられるなか、ネット上では「この問題は同和利権絡み」「関電が怯えていたのは同和の圧力だ」なる話が流れ出した。 つまり一種の「同和圧力説」だが、これは、明らかに問題の本質を取り違えているとしか言いようがない。 たしかに、すでに複数の週刊誌も触れているように、森山元助役が同和団体関係者であったことは事実だ。 そのことは、原発問題を追及してきたジャーナリスト・柴野徹夫氏が、「しんぶん赤旗」記者時代の1980年代に発表した現地ルポにも記されている。 同ルポよれば、〈高浜町では、関電と直結した浜田倫三町長と森山栄治助役が、町行政の隅ずみまで君臨し、私利私欲をむさぼっていた。 少しでも町政を批判する者には、たちまち脅迫と報復で報いた〉。 しかし、それを「同和圧力説」に結びつけるのは端的に言って飛躍であり、ネット右翼向けの陰謀論でしかない。 実際、ルポの著者・柴野氏もはっきりとこう指摘している。 〈地域と住民の隅ずみまで支配するために電力会社は、活用できるものは何でも活用する。 それによって住民を思いのままにできるだけでなく、住民の不満は「解放同盟」に向かうことはあっても、関電に及ぶことはない。 この巧妙な支配構図の裏で、関電の大がかりな建設工事や脱税がすすみ、浜田町長や森山助役、さらに公共事業に巣食う平川土木建設らが利権をむさぼっていた。 その陰で、多数の無力な住民たちが人権を踏みにじられ口惜し涙を流していたのである。 〉(前掲『原発のある風景』下巻).

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関西電力をたたいても同和問題は解決しない

関電 同和

との元助役の金品受領をめぐる問題について、解放同盟中央本部が10月7日に声明を表明した。 主なポイントは下記になる。 ******************************** 元助役から幹部への金品受領問題に関する のコメント の幹部ら20人がの元助役氏(以下、森山氏という)から約3億2千万相当の金品を受け取っていたという問題で、森山氏自身にスポットをあて、森山氏の隠然たる力の背景には、の存在があり、同和の力を利用し、差別をなくすという名目で、を恐れさせ、地元で確固たる地位を築くまでに至ったとする報道内容が一部で取り上げられている。 また、森山氏が町長をもしのぐ権威をもつに至る背景に、の存在があり、やに対してプレッシャーをかけていたとも報道されている。 しかも週刊誌にとどまらずネット上でも、「助役は、地元同和のドンだった」など、差別的な書き込みが拡散され、社会意識として存在する部落を巧みに利用した差別文章が流布されている。 マスコミ関係者や一部のネットユーザーなどによって拡散されようとしている部落差別の助長拡大の現状に対して、わが同盟として明確な見解とこの事件に対する同盟としての態度を明らかにしておきたい。 まず、その第一には、森山氏自身による私利私欲という問題にとしては一切の関与も存在しないという点である。 森山氏は、1969年職員からに入庁している。 1970年連高浜が結成され、内唯一の解放同盟の結成ということもあって、連合会も同時に結成されている。 その結成に尽力したこともあって、森山氏は県連書記長(同時に高浜書記長)に就任。 2年間書記長の要職に就いている。 しかし、その言動がへの厳しい指摘であったり、に対する過度な指摘等が問題とされ、2年で書記長職を解任されており、それ以後、の職員として従事するようになる。 確かに解放同盟の関係者であり、県連結成に尽力したひとりではあるが、解放同盟内で影響力を持っていたのは、2年間の書記長当時だけであり、それ以後は、解放同盟連やの運営等において関与することはなく、もっぱらの助役としての3号機・4号機の誘致と増設に奔走したと思われる。 第二に、連(同高浜)の状況についてである。 連合会は、高浜の一だけで構成されており、その所帯数も80世帯ほどのであり、同盟員数に至っても200名ほどの小さい県連の1つである。 に対する交渉においても中央本部役員が同行し、県との協議を進めているのが現状であり、や、ましてやに大きな影響を及ぼすほどの組織ではない。 ネットや週刊誌で一部指摘されている1975年の「女性教員に対する糾弾」という事例についても解放同盟連・高浜ともにまったく知る由もない出来事であり、解放同盟が関与した差別事件ではないことを指摘しておきたい。 また、との関係においても、解放同盟連・高浜はまったくの無関係であり、関電を相手に交渉を持ったり、要求書を提出したりなどの行為は一切ないこともつけ加えておきたい。 さらには、やに対しては、中央本部と連との合同の要求書を作成し、提出しており、年に数回程度協議の場をもっているなど、真摯に対応している。 つまり、「マネー」や度を超えた同和予算などがのに施策として実施された経緯はなく、社会性を持った要求内容であり、行政の議事録を振り返ってもらえれば理解できるものである。 第三は、この一連の経過の本質が、にあるとする一部の間違った考え方への反論である。 森山氏が培ってきた町を支配するかの如き振る舞いは、解放同盟の影響力を利用し、関電との蜜月な関係をつくりあげたのだと一部が報じている。 しかし、第二のところで指摘したとおり、連は、高浜のみの組織であり、影響力が決して高いという団体ではない。 また、森山氏自身も1972年から書記長を退任し、解放同盟を離れ、同盟の影響力がまったくない状況時に、森山氏は助役へと上り詰め、全体に大きな影響力を持つに至るのである。 この一連の事件の本質がではなく、3号機、4号機の誘致・建設にあると言うことがここからでも理解できよう。 つまり、解放同盟やという力を利用して隠然たる力を持つに至るという短絡的な問題ではなく、の建設運営をスムーズに持って行こうとする、、による忖度が、森山氏を肥大化させ、森山氏が首を縦に振らなければ関連の工事が進まないという癒着ともとれる関係にまで膨れあがったのである。 また、助役退任後は、京都に住むところを移し、関連の企業の役員となり、権限を振るっていたという事実を見れば、「の力を笠に着て」という範囲のものではないことが理解できるだろう。 さいごに、がとりまとめた調査委員会による報告書は、森山氏の一方的な叱責、罵倒、恫喝があり、それに臆してしまいズブズブの関係に至ったと記述されている。 そして、それが一部の週刊誌やネットでは、関電がビビった背景に同和がある。 解放同盟の存在があると結びつけている。 森山氏をのドンと扱い、逆らう者などいない。 ならず者呼ばわりするために、の出身である。 解放同盟の関係者であるという「部落は怖いもの」とする予断や偏見を利用し、さらに森山氏をの扱いにくい人物に一部マスコミは差別を利用して肥大化させているのではないだろうか。 部落と森山氏を結びつけることで、さらなる「」がネットで増大されている。 にも差別的な文章やメールが後を絶たないと報告されている。 明らかにされなければならないのは、建設を巡る地元との癒着ともとれる関係であり、それにともなう資金の流れの透明化こそが、この事件の本質であるはずだ。 それを部落差別によって、事件の本質を遠のかせてしまうことになることだけは本意ではない。 の誘致・建設に至る闇の深さという真相を究明することは棚上げし、人権団体にその責任をすり替えようとする悪意ある報道を許すことは出来ない。

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関西電力と森山元助役の深い闇|須田慎一郎

関電 同和

タブーな質問ですが、「同和問題」についてです。 長くなります。 私はもうすぐお付き合いして3年になる人がいます。 彼は本当に優しく誠実な人で、この人と結婚したい、と思っていますし、彼とも結婚の話をするようになりました。 この4月から私は社会人となったのですが、社会人になる直前に母から突然「自分の結婚したいと思った人が同和地区出身だったらどうするか」と聞かれました。 小学生や中学生のときに同和地区のことは道徳の授業で習いましたが、次世代にわざわざ伝えなければ、その問題は薄れていくのに何故残そうとするのかと疑問に思っていました。 母には「その人の人柄を見て決めるから関係ない」と答えましたが、つまりは私のお付き合いしてる人が同和地区出身だというのです。 何故知ってるのか、と聞くと噂で聞いたと言うのです。 お恥ずかしいことに、私の母はそういった差別をする人でした。 今の時代にそんなことを言ってる人がまだいるのか、と驚かされましたが私の親世代ではまだまだ根強い問題だそうです。 母は私が今お付き合いしてる人と結婚するとなると親戚に顔を合わせられない、隠し通すしかない、と言っていました。 でもあなたの幸せが1番だから結婚したいならしてもいい、と言われました。 それなら何も問題はないじゃないか、と気にせずにいました。 彼と別れる気もありませんでした。 私の妹が前お付き合いしていた方も同和地区出身の方でその時も親は反対しており、何も知らない私はそのことを彼に話していました。 「そんな問題がまだ残ってるなんて知らなかった」と彼は言っていましたので、本人は同和地区出身であることを知らない可能性が大きいです。 もちろん噂で聞いた、と言うだけですので彼がそうだと断定できるわけでもありません。 仮にそうだとしても別れる理由にはなりません。 この気持ちは揺らがないです。 しかし、今日「明日彼と出かけてくる」と言うと母は顔をしかめて「死んだおじいちゃんとおばあちゃんが悲しむ」「友達の娘が結婚するときに相手のことを調べ上げて同和地区出身じゃなくて安心したらしい」といったことを言ってきたため、「別れろ、とも言われてないし別れる気はない」と言いました。 「言わなくてもわかると思ったのに何でわからないんだ。 ここまであなたを育ててきた意味がない」といったことを言われました。 結婚してもいい、と言ったならこの話をするのは無意味じゃないかと私は言いましたが、母の友人が「娘の相手が同和地区出身じゃなくてよかった」と言ってるのを聞いて世間体を気にしているようです。 「結婚するなら縁を切る。 」とまで言われました。 母は感情的になると極端なことを言う節があるので、それが本心じゃない可能性は大きいですが… 私の中ではいつも母は正しく、偉大だと思っております。 しかしこのことは絶対間違っていると思っております。 社会人になるまで大事に育ててもらった両親です。 色んな苦労をかけてきました。 簡単に縁を切ることはできません。 しかし彼と別れるつもりもありません。 彼との間に子どもができた場合、その子が理不尽な差別に苦しむ可能性があるのも十分承知しています。 しかし、浅はかかもしれませんが、この差別は薄れていくと信じています。 そのような差別があった場合も子どもを守り抜く覚悟もできています。 おかしいことはおかしいのです。 お恥ずかしいことに、両親は教師です。 子供たちにそのような道徳を教えてきたはずなのです。 しかし、そうはいかないのが現実だ、と言われました。 納得できません。 犬や猫の保護ボランティアをしている母ですので、優しい心の持ち主です。 しかし、母の親 私の祖父母 からの教えはやはり母の中で強いものらしくその差別をおかしいとは思わないようです。 なんとかして親を説得するつもりですが、私は頑固なとこがありまして、いつもの頑固なクセが出ていると相手にされない可能性もあります。 みなさんのご意見を聞かせていただけないでしょうか。 友達にも相談できず、どうしていいかわからず、初めて知恵袋に投稿させていただきました。 文章を書くのが得意でなくて、まとまりのない文になってしまい申し訳ありません。 へー、同和問題なんてまだあるんですか。 平成の世も終わるっていうのにまだそんなこと言ってる人がいるなんてびっくりしちゃいました。 東京には同和のどの字も出ることはありません。 もしかして友達や知人に同和出身の人がいるのかもしれないし、もしかしたら自分自身の先祖もそうなのかも。 でもそんなことどうでもいいっていうか、同和問題が存在しない生活をしているんでだ~れも気にもしてません。 もしよかったら東京で暮らしてください。 同和問題なんて誰も話してないんで。 ってだんだんどこもそうなるのではないですか。 失礼ながらお母さま世代も100年も200年もいらっしゃるわけもないですから、そのうちそんなことに神経質になる人もだんだんと減りやがては東京みたいにそんなこと自体が存在しなくなると思いますよ。 そもそも全く意味もない話。 平成の世を生きる若者がそんなことを気にするなんていかがなものか、ましてやこれから生まれる次の世の若い子達なんてそんなことに縛られるわけもありません。 「あそ、なんだそりゃ。 そんなのが昭和世代には大事なのね~」で笑っちゃっていいじゃないですか。 それでもどうしても辛くなりそうなら是非東京に引っ越してください。 難しい問題で悩んでおられますね。 まず、この同和問題の困ったところは 質問者が聡明で彼も好青年であっとしてもそれでこの問題が解決しないところにあります。 まず、質問者の言うように「同和」なんてこの時代特に若い世代は「なにそれおいしいの?」くらいの認識しかない代物であるのは間違いありません。 しかし、ちょっと考えてみてください。 そのくらい認識のない代物をなぜ質問者は知っているのかと。 それは学校の授業で教えるからです。 そこでさらに疑問は加速します。 現代において風化してさらに教えなければ誰も知らないように話をなんでわざわざ学校で教えるのかと。 例えば、人権がとか平等を教えるなら別に同和でなくていいのです。 なのになぜ? その答えこそが現代の同和問題と言って良いでしょう。 かつて、同和地区に住む方々は確かに謂れのない差別を受けていました。 それを改善すべく地区の方が尽力されて誰もそのことで差別しない世の中になったのです。 ところがそれはそれで地区の人は困ることになったのです。 と言いますのも、歴代政府はこの問題に対して「優遇措置」を立法化して行っています。 平たく言えば「補償です」 日本政府に落ち度はありませんが、この国の問題として放置し国民の一部を苦しめていたのは間違いないことですから、この優遇も当然のことです。 しかし、問題が完全に過去のものとなったならこの優遇はいりませんよね?ところがそれは嫌だと思う人がいるのです。 ここで大事なことは「それは嫌だと思う人は一部の人」であることです。 ところが、この一部の人が「未だに同和問題は解決してない」「同和問題を風化させてはならない」と声高らかに主張しているのです。 それが地区でない人から見たときにどのように写り、どのような感情をもたらすか?聡明な質問者なら容易に想像できることでしょう。 そう、ありもしない問題を「あるある」と主張するのですから「怖いのです」 関わったらどのような因縁をつけられるか分からないと思ってしまうのです。 それこそが現代の同和問題なのです。 一番の被害者は質問者の彼のような真面目で普通に生きている人なのです。 私が質問に答えようとした理由は上記のような人が彼の親族にいたら大変なことになるということを警告するためです。 質問者がご自身の母親の偏見で悩んでいるように結婚とは当事者同士の話でありながら、それでは済まないところがあるのです。 母親の反対理由は偏見かもしれませんが、全く的はずれではないと言うことをご理解頂き参考になれば幸いです。

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