金木犀の香りが薄れていくように。 金木犀のように・・・?

【音楽】「切ない」「泣ける」と話題の曲、“神サイ”「夜永唄」 惹きつける理由

金木犀の香りが薄れていくように

「切ない」「泣ける」として今話題になっている楽曲がある。 「神はサイコロを振らない」という名前を冠したバンドのバラード「夜永唄」だ。 ショート動画アプリ「TikTok」で多く使用されたことで注目を集め、配信チャートでも上位にランクイン。 「YouTube」で公開中のLyric Videoは900万再生に迫ろうとしている。 恋人との別れを描いた楽曲だが、新型コロナウイルス禍の外出自粛期間中で大切な人と会えない寂しさに思いを投影する人も増えているという。 「聴いていると急に涙が出てくる。 忘れたくても忘れられない人」 「この曲聴きながら皆のコメントを見ていたら心が締めつけられた」 Lyric Videoが公開されているYouTubeに書き込まれた、あるユーザーの声だ。 この楽曲を聴き、淡い青春時代や過去の出来事に思いを馳せる人の声がコメント欄に溢れている。 そのコメント数は3600件にものぼる。 楽曲の始まりは無音で、やがて音が静かにフェードインする。 ただ、それも過去にタイムスリップさせるかのような逆再生音だ。 そして、一拍の休符を挟み、ピアノによる伴奏のもとでAメロが始まる。 柔らかいブレッシーな歌声に乗って耳元に届く言葉はなんとも切ない。 <どうして心ごと奪われてでもまだ> <冷たいあなたを抱き寄せたいよ> <金木犀の香りが薄れていくように> <秋が終わり消えていったあなた> 時を刻むようなピアノの和音は、逆再生に飲み込まれ消える。 Aメロが終わり、間奏をストリングスが結ぶ。 再びAメロが始まるがピアノに加え、クラップ音、ノイズ音が鳴る。 繊細な心の動き、あるいは乱れをこうした音で表現しているかのように思える。 <沈黙さえも二人を繋ぎ止めていた> <時を止めてこのまま溶け合う> 一番はBメロがなく、サビを迎える。 <あなたに逢えば二人はもう> <友達に戻れないと分かっていた> ギターやベース、ドラムのバンドサウンドが加わる。 物語の情景が目の前に浮かんできそうなサビは、それまで抑えていた感情が一気に溢れるかのようだ。 この楽曲は全体的な構成として「過去」と「今」を行き来している、例えば、高校時代の自分と社会人になった今の自分が登場するかのように。 映画では映像をもって表現できるその境目を逆再生音が担っているよう。 そして、楽曲の二番に出てくるBメロにはストリングスと逆再生音が使われていて、過去の自分を振り返っている。 そして、この曲をこう結ぶ。 <何度願っても触れる事さえ叶わない> <枯れ果てたはずの涙がまた零れて> 神はサイコロを振らない 「TikTok」で多く使用されているフレーズは導入部のAメロで、大切な人との思い出を収めた動画を重ねて使用するケースが多くみられる。 それはまさに映画のワンシーンのようだ。 あるユーザーは、笑顔を見せる恋人の動画に楽曲を重ねた。 そこに乗るのは<どうして心ごと奪われてでもまだ><冷たいあなたを抱き寄せたいよ>。 笑顔と対照的な歌詞に心が摘ままれる思いだ。 逆に「YouTube」ではコメント欄に、過去に思いを寄せる書き込みが多い。 楽曲を聴きながらその書き込みを読んで感動したとの声も多くあった。 「TikTok」は映画のように、「YouTube」では小説のような、二次的な使われた方をしている。 それを可能にさせているのは、何かに寄り添うことが出来るシンプルな音構成と、そうでありながらもしっかりと楽曲に力を与えている歌詞とボーカルの力のように思える。 当初は恋人を思い聴く人が多かったが、新型コロナウイルス禍での外出自粛で、会いたくても会えない大切な人に思いを馳せて聴く人も増えてきている。 それはSNSなどの書き込みからもうかがえる。 決して背中を押すような楽曲ではないが、現実をありのままに描いたこの世界観に心が救われる人は多い。 耐えしのぶだけでなく、時には弱気になって涙を流してもいいのだと。 ちなみにバンド名の「神はサイコロを振らない」は、物理学者アルベルト・アインシュタインの発言で、「物理学上では、偶然は存在せず、全て法則に則っている」という意図があるが、彼は、人生は偶然ばかりであると捉え「偶然ばかりの不安定な中に生きる人達の心の奥底に、確実に届く音楽・ライブしかしない」という活動指針を名前に込めたという。 その思いがこの楽曲にも表れている。

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「切ない」「泣ける」と話題の曲、“神サイ”「夜永唄」 なぜ聴かれるのか 理由を探る(MusicVoice)

金木犀の香りが薄れていくように

スポンサーリンク きのこ帝国「金木犀の夜」歌詞の意味とは? 「金木犀の夜」ー きのこ帝国 作詞: 佐藤千亜妃 作曲: 佐藤千亜妃 だいたい夜はちょっと 感傷的になって金木犀の香りを辿る 何でもないふりしても 声が聞きたくなって 電話番号を思いだそうとしてみる 掛ける 掛けない 会いたい 会いたくない いつの間にか随分遠くまできてしまったな あの頃の ふたりは 時が経っても 消えやしないよね いつか ほかの 誰かを 好きになったとしても 忘れないで だんだん寒くなって 夏は通り過ぎてた 金木犀の香りで気づく どうでもいいふりしても 君が好きなアイス見つけて 深夜のコンビニで 急に引き戻される 消える 消えない 泣きたい 泣きたくない いつかきっと 笑って話せる日が 来るなんてほんとかな あの頃の ふたりは 怖いものなど 何もなかったな いつか ほかの 誰かを 好きになったとしても 忘れないよ だいたい夜はちょっと 感傷的になって 金木犀の香りを辿る 秋に花を咲かせる金木犀(きんもくせい)。 その花言葉をチェック! まず、タイトルにもなっている「金木犀」という植物から簡単にご紹介します。 モクセイ科に属するこの金木犀は、「 夏は通り過ぎてた 金木犀の香りで気づく」という歌詞の一節にもあるように、 秋に甘く香る下のような花を咲かせます。 cocolog-nifty. com その香りで季節の訪れを感じさせてくれる金木犀。 その花言葉としては言われているのは、 ・「謙虚」 ・「陶酔」 ・「初恋」 ・「変わらぬ魅力」 ・「気高い人」 ・「真実」 ・「真実の愛」 なのだそうです。 スポンサーリンク きのこ帝国「金木犀の夜」歌詞の意味とは? きのこ帝国の「金木犀の夜」を聴くと、その歌詞では、金木犀の香りがきっかけとなって、 昔一緒にいた想いを寄せる相手のことを思い出すような情景が描かれていることを感じます。 金木犀の花の花言葉で言えば、 ・「初恋」 くらいがもっともしっくり来るのかもしれませんね。 (もう少し歳を重ねたあとの恋という印象も感じますが。 ) この記事の冒頭に、この曲は作詞作曲をしている佐藤さんが、 友達に「金木犀の曲、書いてよ」と言われたのがきっかけとなって生まれたことを紹介しましたが、 佐藤さんはそのほかにも、この曲の物語性について、 昔はすごくドキュメンタリー性が強かったと思うんですよ。 パーソナリティーというか。 もちろん今も、感情的な部分や過去の景色は反映されてはいるんですけど、ノンフィクション的な感じに見えるストーリーテラーというか、状況を作って、その中に感情を当てはめていくという作り方ができるようになってきたので。 全部がリアルじゃなくて、「この状況に置かれたらこう思うよね、じゃあ、あの頃抱いていた感情とどこが似てるかな」と思って、それとリンクさせて書いてみたり。 とコメントしています。 この何かテーマを設定した上で、そのテーマに物語を合わせていくという点で考えてみると、 この「金木犀の夜」は 「金木犀の香り= 初恋」という大きなテーマを背景に感じてしまいます。 歌詞の構成を少しみてみましょう。 秋の夜の少し感傷的な時、 そして、少し寒さを感じるころになってその香りに気付かされる金木犀。 この曲の主人公と思われる人物はその金木犀の香りに昔一緒にいた人を思い出しています。 そして2番では、その「好きだった人のお気に入りのものに気持ちが引き込まれる」というストーリー。 そして、最後は「 いつか ほかの 誰かを 好きになったとしても 忘れないよ」という言葉で締めくくられていますね。 特に私が注目したのは、 「どうでもいいふりしても」という言葉。 自分では特別相手のことを考えようとしているわけではないのに、フッと思い出される感じが、 どこからともなく香る金木犀の艶やかな香りとマッチしているのではないかと想像してしまいます。 「花の香りで蘇る昔の恋人(もしくは初恋の人)との思い出」。 色々な感情が混じり合って感傷的になりやすいこの季節にぴったりの一曲ですよね。 今回は、きのこ帝国「金木犀の夜」という曲について、歌詞の意味を考察してみました。 よく、「その姿よりも先に香りで、その存在を知ることのできる花」として秋の訪れを知らせてくれる金木犀。 この曲の、「不意に思い出されるあの人との思い出」とリンクしているという私の解釈が適切かどうかは分かりませんが、「金木犀の夜」は、秋の夜長に寄り添ってくれる素敵な曲であるということは間違いなさそうです。

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金木犀 2

金木犀の香りが薄れていくように

歌詞 今になって答え合わせ そんなのどうでも良くて 憂いの波は寄せては返す 落ちてた吸殻はいて 地面に這った記憶を拾い集めてる 味のないクッキーコインランドリー バカみたいなハンバーガー 落書きだらけの排気管 胸が苦しい さよなら つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのままもう一回 さよなら 窮屈な窓辺の端に空いた半透明 遠い誰かが私を照らしてる 埋まんない穴どうしよう なんて踏切は今日も泣いてた そんな気がした 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのまま もういっか、さよなら 作詞:くじら 描かれるのは失恋後の無気力感 「金木犀」はボカロプロデューサーの 「くじら」が2019年12月16日に 「Flower」と 「Ado」の2パターンでYouTube上に公開した楽曲。 歌詞では 「大切な人と別れた後の無気力感」が描かれており、ボーカロイドFowerの無機質な歌声も、Adoの力強さと切なさが混じった歌声も、それぞれの形でリスナーの心を貫いていく。 ではお待たせしました。 本題の歌詞を細かく見ていきましょう。 歌詞の意味・解釈 1番 今になって答え合わせ そんなのどうでも良くて 憂いの波は寄せては返す 落ちてた吸殻はいて 地面に這った記憶を拾い集めてる 主人公は部屋でうなだれ、 離れ離れになってしまった君を回想している。 「答え合わせ」は、何がいけなかったのか、何が原因でこうなってしまったのか、を自答している様子を表しているのでしょう。 しかしいくら答え合わせをしたところで君が戻ってくるわけではない。 現状は変えられないのだ。 だから 「そんなのどうでも良くて」と無理やりポジティブに流そうとする。 流すしかない。 でも悲しみが消えることはなく、気づけばまた答え合わせに戻っている。 その情景を考えると 「憂いの波は寄せては返す」という歌詞が非常に絶妙な表現だと分かる。 花言葉の「真実」「変わらぬ魅力」が悔しくも当てはまってしまう歌い出しです。 誰しもが無意識に行うであろう 「後悔の振り返り」を答え合わせと表す点は、歌い出しながらも詞のセンスを感じさせられる。 悲しみと前向きの繰り返し。 かなり共感できる点が多いのではないでしょうか。 また 吸殻と 記憶を対比させた後半の儚い歌詞も秀逸的。 味のないクッキーコインランドリー バカみたいなハンバーガー 落書きだらけの排気管 胸が苦しい さよなら つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた 上二文の歌詞は意味の深さというよりは語呂の良さを重視して横文字を並べているのでしょう。 ただ、 甘い食べ物の味を感じていない様子や 楽天的イメージが強い食べ物に対して「バカ」と言っている様子から、直接的な言葉はないのに 廃れ具合が伝わってくる。 そして主人公の感情を景色表現で間接的に伝えた後に 「胸が苦しい さよなら」という直接的な歌詞が謳われる。 感情が読めなかったリスナーも「あ…」と切なさを感じる。 やはり歌詞表現が巧みだ。 また 「つり革を握っている」は具体的な情景は読めませんが 「私の手を握っていない」という紛れもない真実を表しているのだと思います。 君に触れられていないから私は 「温もりを忘れた」のです。 サビ1 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのままもう一回 さよなら 夕日は時間が進むともに山に沈んでいきます。 それを 夕暮れと言う。 つまり 「夕暮れに置いていかないで」とは 「私を置いて明日に進まないで」という解釈ができる。 主人公の記憶の中で君は変わらぬ魅力 金木犀の花言葉 を放ち続けており、今もなお過去になんかできていないのです。 そのため 「レコードが回るあの日を」「幸せな生活も」と、君との思い出が歌詞として無造作に羅列されている。 スポンサーリンク 2番 窮屈な窓辺の端に空いた半透明 遠い誰かが私を照らしてる 埋まんない穴どうしよう なんて踏切は今日も泣いてた そんな気がした 2番では 圧倒的な孤独感が描かれている。 まず 「窮屈な窓辺に空いた半透明」は、君がいたはずの場所を示しており、いなくなったことで空いた隙間に対して寂しさを感じていることが読み取れる。 そして 「遠い誰か」とは、いつか自分の前に現れるであろう 未来の運命の人を喩えているのでしょう。 君が消えたことで心にぽっかりと空いてしまった穴(愛情)を他の誰かに求めることで救われようとしているのです。 また 「踏切は泣いてた」と絶妙な形で擬人法が使われているのですが、実は踏切には 思い切って事を起こすことといった動詞的な意味もあります。 つまり本歌詞での 踏切は一つ上の文の 他の誰かを求めることにかかっていて、それは心にもないことだから「泣いていた」という表現が繋がっているのだと思います。 深読みすればしっかり意味が伝わってきますね。 ラストサビ 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのまま もういっか、さよなら ラストサビでもサビ1と同じように、君がいたときのことを回想してしまう どうしようもない情景が描かれています。 しかしラスト一文の小さな変化で救われた気持ちになりました。 なんと最後は 「もう一回、さよなら」が 「もういっか、さよなら」に変わっているのです。 これは何度もさよならを繰り返した主人公が、 ようやく吹っ切れたことを示しているのだと思います。 寄せては返す憂鬱の波からようやく解放されつつあるのです。 最後の最後で、前向きになれること、どんな苦しみも時間が解決してくれることを見せてくれたのです。 感想 いかがでしょうか。 一方的な別れを経験した人にとって、主人公の心情はかなり共感できるものだったのではと思います。 それにしても花言葉の• 変わらぬ魅力 どれをとっても主人公の心情に当てはまりますね。 解釈してみると 「金木犀」というタイトルの起用に、改めて「くじら」さんの洒脱なセンスが垣間見えます。 くじらさんの楽曲は他楽曲も考察していますので時間がある方はぜひご覧ください。

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