いつもどおりのある日のこと。 いつも どおり の ある 日 の こと

心を整えるキリストの教え「つらいときこそ、いつもどおり」 一畳半の貧乏生活で気づいたこと

いつもどおりのある日のこと

月、お好きですか? まんまるでなくても、三日月でなくても とっても綺麗で私は好きです。 早速ですが! 実は先日、先輩の瀧本さんから 『 天体望遠鏡いりませんか?』と 素晴らしいお話をいただきました。 はいっ、欲しいです! 即答でした。 月や星を眺めたい。 天体望遠鏡があれば 好きな時に好きなだけ眺められます。 外出を控えなければいけない今だからこそ 自宅でもできる最高の息抜き。 その為にも望遠鏡の組み立て方、 ピントの合わせ方など 先生 中山さん、児玉さん &瀧本さんと一緒に 事務所前で天体観測をしました! 中山さん!ブレててごめんなさい!) かなり立派な望遠鏡ですが、 星を見るのは難しいとのこと。 なので、月を見るために セッティングし、ピントを合わせ ちゃんと見ることができました! 写真はスマホを望遠鏡のレンズに 近づけて撮影したため 中々綺麗に撮れませんでしたが、 実際に見えた月は クレーターまでくっきりです! こんなに綺麗に見えるんだ、、、! もう、感動でいっぱいでした。 私にとって、 とっても良い癒しになりました。 今回は玄関編。 前回のプランから土間収納を大きくし、 ポーチと駐車場の面積を増やしました。 雨風が強い時に土間へ避難させたい物は 意外と多いことに気づき。。。 和歌山は雨が多い地域なので、 対策が必要かな、と。 袖壁を出しているのも 屋根を少し伸ばせるようにするためです! ポストを壁付けにできるので 雨の日も荷物を濡れずに取り出せます。 細かい所ですが 私としてはこだわりポイントでした…! 次回はお手洗いからリビングへ! 加藤.

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心を整えるキリストの教え「つらいときこそ、いつもどおり」 一畳半の貧乏生活で気づいたこと

いつもどおりのある日のこと

父の日っていつだっけ?覚えてる? 何故か忘れがち。 あることも知らなかった? 母の日は忘れないのにね。 父の日は6月の第3日曜日 このブログ見た人はもう忘れないね!! 父の日って忘れちゃうし、特に何かやるわけでもなく・・・ 思い返せば子供のころ、 学校で、父の日にあげる手紙を 書かされて、 父に渡したのが一度だけある。 父の日に何かしたのは、後にも先にもその時の手紙だけである。 父の日は関係ないのだけど、 全国の お父さんに、この曲でエールを送りたい。 🎵ヒーロー FUNKY MONKEY BABY 最寄り駅の改札抜ければ いつよりちょっと勇敢な父さん Hero! 人込みにも紛れない サンシャインデイ 続きはとかで聞いてね。 この歌詞の部分 改札を通り抜けてくるお父さんが 夕日に照らされて眩しそうに 颯爽と歩いてくる。 駅から出てくる大勢の人の中から 父さんはすぐに見つけられる。 オーラが出てるから・・・ と、そんな風に想像してこの曲を聞いている。 断っておくけど、私の父は全然そんなんじゃない。 なんか、顔、怖いから なので、この曲を聞いても私の父を思い出すわけではなく・・・ お父さんってこういうイメージ? 自分の子供たちがまだ小さかった頃は お父さんって、こういうイメージだったんじゃないかなって 勝手にそう思う。 私は違うけど 普通の子供にとって、お父さんはヒーローなのだ。 今は、子供たちもだいぶ大きくなっちゃって、 お父さんも年取ったし、ヒーロー?? ってこともないだろうけど。 と、ここで話は戻って、父の日だ。 父の日というのはカで始まったようだ。 母の日があるのに、父の日がないのはおかしい。 そう考えるようになったきっかけは1900年代のはじめころ 母親を亡くし、6人の子供を育てたある父親を讃えたことだ。 そこから何十年たって 正式に記念日になったのは1972年。 意外と最近の話? というか、そんなんに昔じゃなかったんだ。 それなら余計に覚えてないよね。 だって、自分の親とか、おじいちゃんおばあちゃんが子供の頃には 父の日は無かったというか、浸透していなかったんだから。 カでは父の日にはバラを送るらしい。 日本でも、 母の日は 父の日はバラ などと統一して欲しい。 結局、世の中にあまり浸透していない父の日だけど 今後はもう少し盛り上げようじゃありませんか・・・ そうは言っても 今年の父の日、 父親に?何か?私はやらないけど・・・ 結局ね。 なんか、今更、どうする?.

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なぜか父の日を忘れる いつ?

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一畳半の貧乏生活でふと気づいたこと 栃木から上京した私が日本大学の哲学科の学生だった頃は、住み込みで新聞配達をしながら学費を稼ぐ貧乏な生活。 一畳半の部屋の3段ベッドの1つが生活の場で、毎日が重たい新聞の束との格闘です。 生まれて初めてホームシックにかかりました。 全共闘の時代で、キャンパスは荒れ放題。 授業を休んで石を投げたり催涙弾を食らったり。 でも、クラスで討論会をやったり、「大事なストがあるからみんな参加しよう」と決議しても、「俺、ちょっと夕刊があるからごめん」と抜け出していました。 「しょうがないだろ、お金がなきゃどうにもならない」などと言いながら……。 ある日、その部屋で聖書を読み、お祈りをしていたとき、ふと、「神が私たちとともにいるということは、この一畳半の部屋に俺と一緒にいるということなんだ」「この重たい新聞の束を、神は一緒に背負ってくれているんだ」と気づきました。 その瞬間、怖いものがなくなったんです。 結構タフになりましたよ。 この命が生かされようとなくなろうと、永遠の手の中に置かれているような心境。 不思議な安心感に包まれる感覚です。 それは、気づきがもたらすリアルな体験なのだと思います。 そういう「心のしずまり」が今こそ大切なのではと思うのです。

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