あの 頃 は フリードリヒ が いた。 あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))

あのころはフリードリヒがいた / ぼくたちもそこにいた / 若い兵士のとき

あの 頃 は フリードリヒ が いた

『あのころはフリードリヒがいた』 ハンス・ペーター・リヒター 作 訳 挿絵 1977 中学・高校・一般 【あらすじ】 「ぼく」のアパートの一階上に、フリードリヒ一家が住んでいた。 「ぼく」にとってフリードリヒは大切な親友だ。 時、政権下にあったドイツ。 人弾圧の波が押し寄せる。 「ぼく」はドイツ人で、彼ら家族は人だった。 抗えない現実を目の当たりにする「ぼく」。 「ぼく」から見た、フリードリヒの生きた軌跡を描く。 ドイツ政権下の中で生きた一人の少年の物語 『あのころはフリードリヒがいた』を読んだ後に眠りについた私は、夢の中でフリードリヒになっていました。 まだ弾圧が激しくない頃のようでしたが、何かから追われるように、「ぼく」と一緒に逃げ走っていました。 「ここで別れよう」と「ぼく」と別れた私(フリードリヒ)は、近くにあったウィンドゥに映った自分の顔をじっと見つめます。 そこには、決意の表情が表れていました。 自分は人だというだけで弾圧された時代。 政権の中で、ドイツにいることが困難な中で、そこに住み、最後まで人としての誇りをもっていた人たち。 そこで生きる覚悟のようなものを、先ほどの夢の中に出てきたフリードリヒの中に見たのです。 作者は、この本を事実の伝承をもとに、年表を添えて語っています。 「あの頃、あの時代に、フリードリヒという少年がいた」ということを忘れないために。 戦時中の出来事の多くは、「ドイツ人が・・・」「人が・・・」「死者何人」という形で語られ、個人名が出てくることは多くありません。 しかし、そこに生きていた人たちというのは、「フリードリヒ・シュナイダー」という名の彼だったり、「ヘルガ」という名の彼女だったりするのです。 一人一人に物語がありました。 生きている証がありました。 人としての人権を完全に奪われていた時代。 その人たちが生きていた証を、作者は残したかったのでしょう。 フリードリヒが死ぬのを、間近で見なければいけなかった「ぼく」。 人の死を悲しんだドイツ人もたくさんいたはずです。 大切な人の死を悲しまない人がいないのと同じように。 pydaigen33.

次の

「あのころはフリードリヒがいた」(2) 「普通の人々」が「迫害する側」にまわるとき

あの 頃 は フリードリヒ が いた

あの頃はフリードリヒがいた 1925年、大戦の敗北で疲弊したドイツに「ぼく」は生まれる。 「ぼく」の父親は失業し、家計は火の車だったが母方の実家の援助もあり「ぼく」はそれなりに幸せに暮らしている。 「ぼく」達が住むアパートの1階上にはユダヤ人のシュナイダー一家が住んでおり、「ぼく」はシュナイダー一家の一人息子であり、同い年であるフリードリヒと親しくなる。 「ぼく」の両親とシュナイダー夫妻も自然と親しくなり、家族ぐるみの付き合いをするようになった。 1933年、アドルフ・ヒトラーがドイツ帝国首相になってからユダヤ人達への差別がひどくなっていく。 ユダヤ人の商店への不買運動がおこり、アパートの大家であるレッシュ氏はシュナイダー一家に立ち退きを求める。 シュナイダー氏は公務員をクビになった。 「ぼく」達一家は世論など気にせずシュナイダー一家と付き合っていたがついにフリードリヒはユダヤ人学校に転校させられる。 ぼく」自身もヒトラー・ユーゲントに入隊した。 「ぼく」はヒトラー・ユーゲントの活動をキャンプ感覚で楽しんだ。 しかし、フリードリヒは「ぼく」の一番の親友であり続けた。 1938年、ユダヤ人への襲撃事件が頻発し、「ぼく」やシュナイダー一家が住んでいるアパートも襲撃を受ける。 無残にもシュナイダー一家の部屋はめちゃくちゃに破壊されフリードリヒの母親は襲撃のショックで心不全をおこし、死亡する。 「ぼく」たち一家はシュナイダー一家の不幸に同情し、できるだけの援助を与えた。 母親が死んだ後、シュナイダー氏はラビ(ユダヤ教の司祭 を匿うようになった。 フリードリヒにはドイツ人のガールフレンドと交際を始めた。 彼女はフリードリヒがユダヤ人であっても気にしないと言ってくれたがフリードリヒはゲシュタポの手が彼女に迫ることを恐れ、自分から彼女の元を去る。 1942年、逃亡以来行方不明だったフリードリヒが「僕」達一家を訪ねてくる。 フリードリヒは他のユダヤ人逃亡者達ととある隠れ家で生活していた。 しかし、財産も持ち出せず両親の庇護もないフリードリヒは隠れ家でも立場が良くないらしく、痩せて不衛生な状態だった。 フリードリヒは「ぼく」一家とフリードリヒ一家が一緒に写っている写真を何枚もとったはずだからその写真を1枚譲ってほしいと頼みにきたのだ。 大親友だったフリードリヒの痛ましい姿に、「ぼく」はかける言葉が見つからなかった。 母がフリードリヒに食べ物と洋服を与えている時に空襲警報が鳴った。 「僕」の父はこのアパートの防空壕はレッシュ氏が仕切っているのでフリードリヒはいれてもらえないだろうと判断し、フリードリヒを部屋から出ないようにと言い含めた。 「僕」達一家は空襲の恐怖におののくフリードリヒを置き去りにしたまま防空壕に避難する。 その日の空襲はすさまじく、「僕」達が防空壕に退避してから10分もたたないうちにフリードリヒが防空壕のドアをたたきはじめた。 「僕」達の両親はもちろん、その場にいた誰もがーナチスの軍人すらフリードリヒに同情し、防空壕のドアを開けようとしたーレッシュ氏を除いて。 レッシュは防空委員の肩書を振りかざし、もしこの防空壕にフリードリヒを入れたら全員をゲシュタポに密告してやると息巻いた。 ユダヤ人でも防空壕に入る権利があると主張していたナチス軍人も黙り込んでしまう。 爆撃がやみ、「僕」達一家はフリードリヒの安否を確認するためにアパートに急いだ。 町はひどい状態だったが「ぼく」達のアパートは窓ガラスが全壊する程度の被害にとどめられており、フリードリヒがまっすぐアパートに逃げ帰ったならば軽傷、もしくは無傷で済みそうだった。 フリードリヒはアパートの前庭でうずくまっていた。 母は嬉々とした症状を浮かべてフリードリヒに駆け寄った。 母の声にアパートに帰ってきたレッシュもフリードリヒに気がつき、悪態を浴びせはじめた。 怒り狂った母はレッシュ氏に噛みついたが、父に止められる。 僕はとりあえずフリードリヒを抱き起そうとしてーある恐ろしいことに気がついた。 フリードリヒのこめかみからは血が流れーフリードリヒは死んでいた。 ぼくは棒立ちになった。 「こういう死に方ができるだけこいつは幸せさ」レッシュ氏は言った。

次の

「あのころはフリードリヒがいた」(1)ナチス・ドイツのユダヤ人迫害

あの 頃 は フリードリヒ が いた

月に1度の塾の今月の課題はナチ政権下のドイツのユダヤ人迫害を描いた児童文学。 明日は我が身のフリードリヒ 中学生の頃、自分はひょっとしての生まれ変わりではないかと思っていた。 恐山のイタコに頼めばアンネと話せるかなと、考えたりもした。 大阪の中学生がそんな目的で青森に行けるはずもなく、ズーズー弁のアンネとの対話は果たせなかったし、今はさすがに自分がアンネの生まれ変わりとも思わないが、スマホにはアンネのアプリ(あるんです、そういうものが)を入れているし、隠れ家跡の記念館へ行くことを想像しただけで泣きそうになる。 ハンス・ペーター・リヒター『あのころはフリードリヒがいた』は、アンネとほぼ同世代のドイツの少年の物語だ。 語り手の少年と家族の名前は出てこず、彼らが個別の誰それというより当時の一般的なドイツ人であることを感じさせる。 また、物語は登場人物たちの心理に踏み込むことはせず、語り手の少年の目を通して当時の状況の変化をカメラのように淡々と映し出していく。 父が失業中の貧しい少年の一家は、ナチの政権奪取とともに父の入党で生活が上向き、一方同じアパートである程度余裕のある暮らしを送っていたフリードリヒの一家は、ユダヤ人ゆえに父は職を追われ、暴徒の襲撃で住処を破壊されて母は亡くなり、ついに父は収容所送り、フリードリヒは爆撃のさなか、防空壕にも入れてもらえず命を落とす。 フリードリヒが学校を追われる際に、「ユダヤ人は人間だ。 われわれとまったく同じ人間なんだ!」と説いた教師が、その言葉の最後を「ハイル ヒトラー!」で締めくくる場面、語り手の少年が大きな波に呑み込まれるように暴徒のひとりとなり、自ら積極的にユダヤ人寮を破壊する場面に、時代の「空気」の恐ろしさを思い知らされる。 「ユダヤ人」というだけで仕事を奪われ、暴力にさらされ、映画も夜間の外出もベンチに自由に座ることさえ許されず、果ては強制収容所送り。 なんと野蛮なナチスの所業。 と怒るより、わたしは怖くなった。 なにしろわたしたちは今、大臣がを「テロリスト」と呼んでもお咎めなしの国に暮らしているのだ。 ににだ。 ねじれ解消、行け行けドンドンだ。 「ユダヤ人」のレッテルが「テロリスト」やら「非国民」やらに貼り替えられ、フリードリヒの身に起こったことがいつ自分に振りかかってくるやもしれない。 リアルにアンネだ。 中学時代に『アンネの日記』を耽読していた頃には、日本もこんなふうになってしまうかも、なんて不安は、これっぽっちも感じなかった。 今やひとりひとりが必死であがかないと、ほんとにヤバい。 で、徹底したズムでもって、都知事選の候補を選ぶとしたら、誰がいいんだろうねー。 絶対勝たなきゃダメだもの。 ま、誰もわたしに選ばせてくれるわけじゃないけれども、しか浮かばないー。 hirokikiko.

次の