植松 聖。 「ヒトラーとは考えが違う」植松聖被告が獄中ノートに綴った本心

戦後最大の大量殺人鬼・植松聖容疑者の全貌

植松 聖

Contents• 植松聖は正しい!?SNSの声まとめ SNSでは植松聖の主張は正しいとも声が多数出ています。 まずはそれらの声から紹介していきたいと思います。 他垢でFFしてる人が、障害者を19人殺した植松聖と全く同じ考え方してて悲しくなったわ その人4人の子供の父親なんだけど、自分の子供が障害もって生まれてたら自分の手で処分したんかな? — ぺー之進 闇垢 AOp6Yr4vnCwZNrS でも、公に口にしないだけで植松聖と同じ考えの人はたくさんいる だったら、選挙で『安楽死を考える会』の候補者 比例区 に票を投じて欲しかったなー — ぺー之進 闇垢 AOp6Yr4vnCwZNrS 津久井やまゆり園で入所者ら45人が殺傷された事件は、発生から26日で3年。 殺人罪などで起訴された植松聖被告(29)は今なお、重度障害者への差別的な考え方を変えていない。 そう遠くない将来、安楽死の法律できるよ、その時にこの事件の本質が分かる。 そして彼は無実になる。 — リンダ rinda58 彼の意見は最もだと思う介護とは物凄く大変な事。 しかし植松聖は決してヒーローでは無い。 【やまゆり園事件3年】揺らがぬ独善今なお 植松被告「責任能力ある」「僕が死ななければ社会が丸く収まらないのでは」(カナロコ by 神奈川新聞) — 鷹工 t6msecondstrik2 あまり言いたくないけど遺族の中には感謝してる人いるだろうね 植松を死刑にしても無駄 第二第三の植松が出てくるだけ それだけ彼は支持されている Q:植松聖は正しいと思う方、いますか?. 植松聖の人殺しの実行自体は間違いだとしても、考え自体・方向性自体は正論なのでは?と思う方、いらっしゃいますでしょうか。 植松聖事件の報道は意外に早く終わりました。 一方で、北朝鮮トップの親族暗殺は何ヵ月も報道されました。 つまり、民意の本音では植松聖のやったことは皆、よくやった!と思っているのではないでしょうか。 回答宜しくお願いします。 A:まぁ・・・根本的な所で何が正義かというのは社会情勢や所属する社会の倫理観にもよって変わってきますし、実際に日本でも大昔は姥捨てといって死ぬとわかっていて年老いた親を山に捨てに行く事が当たり前という時代もあったそうです。 現代において植松の行動は胸糞で反吐が出ますけどね。 A:ちょっと別の視点で………… 日本は長寿国。 平均寿命が男女共に80歳以上。 女性は87歳とか………。 色々な人がいると思う。 元気な人もいれば、そうじゃない人。 病気の人も。 そして、キツい言い方だが、心臓が動いてるだけの人。 何の生産性も無い人に生きる価値が……生きる人が手を患わす価値があるのかと思う事がある。 ただ、それは他人事だから。 本人や家族は、違うだろな。 海外の安楽死って制度について、詳細は知らんけど、それを選べるのは本人だけじゃなかったかな。 その次は家族とか。 そういう意味じゃ植松の考え方は分からんでもないが、それは他人事だから。 だが他人の植松が、他人の命を奪うってのは違うと思う。 どんな形であろうと、生きる形ってのは人それぞれ。 干渉すべき領域ではない。 だから「よくやった」とは思わない。 植松みたいな考えが飛躍すると「アイツ、ムカついたから『俺にとって』生きる意味も価値も無い。 だから殺す」ってなりかねないし。 心失者は安楽死させるべき!?植松聖の思想 では、植松聖の思想とはどの様なものなのでしょうか?一言で言うならば、「心失者は安楽死させるべき」となりますが、詳しく見ていきたいと思います。 相模原市緑区の県立障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件は、発生から26日で3年。 殺人罪などで起訴された元職員の植松聖被告(29)は今なお、重度障害者への差別的な考え方を変えていない。 来年1月に予定されている初公判を前に自身の刑事責任能力を認め、死刑判決が出た際には受け入れざるを得ないとの認識を示した。 「そうでないと社会が丸く収まらないのでは」と語った。 事件後、植松被告は神奈川新聞記者と24回にわたって面会し、37通の手紙をやりとりした。 今月23、24の両日、横浜拘置支所(横浜市港南区)。 この3年間を振り返った植松被告は「あっという間。 非常に有意義だった」と説明。 事件を起こしたことについては「自分の考えを社会に伝えるためにベストを尽くした。 後悔は全くしていない」と強調。 犠牲者や遺族への現在の思いを尋ねると、「刃物によって命を奪い、突然のお別れをさせてしまったのは申し訳ない。 社会のためには仕方がなかった」と淡々と答えた。 植松被告の裁判員裁判の初公判は来年1月8日。 公判で争点になる可能性がある刑事責任能力の有無については「自分にはある」。 死刑判決が出たらどうするかとの問いには「受け入れるしかない。 死にたくないが、僕が死ななければ社会が丸く収まらないのでは」と自嘲気味に語った。 ただ、控訴するかどうかは「制度があるなら、そのときに検討する」とも話した。 逮捕後から続く勾留生活は「常に監視され、自由もない。 個人の尊厳をないがしろにされ、屈辱的だ」と不満を漏らした。 今でも同じ事件を繰り返すかと問うと、「もういい。 重度障害者とは関わりたくない」と苦笑した。 面会時の植松被告は黒縁メガネを掛け、黒のTシャツ姿。 逮捕後から一度も切っていない長髪を後ろで束ね、逮捕時の金髪は毛先にわずかに残るだけ。 終始落ち着いた口調で受け答えし、記者が面会室を入退室する際には深々と頭を下げた。 植松聖は自己愛性人格障害を精神鑑定の結果が出ています。 何とも自己愛性人格障害らしい主張ですね。 正しい事を行った自分が死刑になって殺される事で悲劇のヒーローとなり、社会に自分の正しい思想が浸透することを望みたいという事でしょう。 そもそも、なぜは植松聖そこまで重度障碍者を敵視するようになったのでしょうか?自身は、やまゆり園という重度障害者の介護施設に勤めていました。 その時の経験で、この様に語っています。 「園で入所者が撒き散らした汚物を処理している時、彼らが人に迷惑をかける源だと気がついた」 やまゆり園の激務に追われるうちに、重度障害者への恨みを募らっせていったと思われます。 そこから重度障害者は人ではない。 故に殺してもいい。 と言った思想を形成していったと思われます。 さらに、その自分の思想が社会の思想として正義であるとまで信じ込んで行ってしまうところは恐怖ですね。 犯行当時は、「寝ていた心失者たちに『おはようございます』などと話しかけ、返事がなかった人は刺した」という事です。 そこでの植松聖の主張は、「殺したことは認めるが、彼らは人ではないので殺人ではないと訴えたい。 みんな分かってくれるはずだ」と言ったものです。 3年経った今でもその主張は変わっておらず、ますます主張を強めているという事ですね。 また、植松聖は犯行前に衆議院議員に手紙を送っていますが、その手紙の内容がまた驚愕するもので、その内容を読むことで植松聖の思想と主張をより深く読み解くことが出来るでしょう。 衆衆議院議長 大島理森様 この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。 私は障害者総勢470名を抹殺することができます。 常軌を逸する発言であることは重々理解しております。 しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。 理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。 障害者は人間としてではなく、動物として生活を過ごしております。 車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。 私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。 重複障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。 障害者は不幸を作ることしかできません。 フリーメイソンからなるイルミナティが作られたイルミナティカードを勉強させて頂きました。 戦争で未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、多くの憎しみを生みますが、障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます。 今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可決である辛い決断をする時だと考えます。 日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。 世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。 是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。 私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。 衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類の為にお力添え頂けないでしょうか。 何卒よろしくお願い致します。 文責:植松 聖 植松 聖さとし の実態 私は大量殺人をしたいという狂気に満ちた発想で今回の作戦を、提案を上げる訳ではありません。 全人類が心の隅に隠した想いを声に出し、実行する決意を持って行動しました。 今までの人生設計では、大学で取得した小学校教諭免許と現在勤務している障害者施設での経験を生かし、特別支援学校の教員を目指していました。 9月車で事故に遭い目に後遺障害が残り、300万円程頂ける予定です。 外見はとても大切なことに気づき、容姿に自信が無い為、美容整形を行います。 進化の先にある大きい瞳、小さい顔、宇宙人が代表するイメージそれらを実現しております。 私はUFOを2回見たことがあります。 未来人なのかも知れません。 本当は後2つお願いがございます。 今回の話とは別件ですが、耳を傾けて頂ければ幸いです。 何卒宜しくお願い致します。 医療大麻の導入 精神薬を服用する人は確実に頭がマイナス思考になり、人生に絶望しております。 心を壊す毒に頼らずに、地球の奇跡が生んだ大麻の力は必要不可決だと考えます。 何卒宜しくお願い致します。 私は信頼できる仲間と 過すことを目的として歩いています。 カジノの建設 日本には既に多くの賭事が存在しています。 パチンコは人生を蝕みます。 街を歩けば違法な賭事も数多くあります。 裏の事情が有り、脅されているのかも知れません。 それらは皆様の熱意で決行することができます。 恐い人達には国が新しいシノギの模索、提供することで協調できればと考えました。 日本軍の設立。 刺青を認め、簡単な筆記試験にする。 出過ぎた発言をしてしまい、本当に申し訳ありません。 今回の革命で日本国が生まれ変わればと考えております。 作戦内容 職員の少ない夜勤に決行致します。 重複障害者が多く在籍している2つの園(津久井やまゆり、別の園=原文は実名)を標的とします。 見守り職員は結束バンドで見動き、外部との連絡をとれなくします。 職員は絶体に傷つけず、速やかに作戦を実行します。 2つの園260名を抹殺した後は自首します。 作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。 逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。 心神喪失による無罪。 新しい名前(伊黒崇)本籍、運転免許証等の生活に必要な書類。 美容整形による一般社会への擬態。 金銭的支援5億円。 これらを確約して頂ければと考えております。 ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。 日本国と世界平和の為に、何卒よろしくお願い致します。 想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております。

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植松聖生い立ちと絵がうまい!高校大学や親の現在,死刑確定望む声

植松 聖

植松聖被告が相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起こした殺傷事件。 平成28年、7月26日に入所者19人が刺殺される事件は発生から2年になる。 植松聖被告が送った手紙や漫画家の母親ばりの才能がある絵など。 スポンサーリンク 相模原殺傷事件を振り返る 津久井やまゆり園から26日午前2時45分ごろ、刃物を持った男が侵入し暴れていると110番通報があった。 計45人が刺され、男性9人と女性10人が死亡、男女20人が重傷、6人が軽傷を負うなどして病院へ搬送された。 日本経済新聞によると、死亡した19人は18〜70歳。 植松容疑者は午前3時ごろ、神奈川県警津久井署に車で出頭。 所持していたかばんの中からは複数のナイフや包丁が見つかり、一部には血が付いていたという。 また、血の付いた毛布も車の中から見つかった。 植松容疑者は「ナイフで刺したことに間違いない」と話し、容疑を認めている。 出頭時には「やつをやった」と話していたという。 人ではないから殺人ではない 2016年7月26日に事件が発生してから約2年。 植松聖被告は、産経新聞の取材に対し、 一方的な主張を繰り返している。 「人ではないから殺人ではない」 「知的障害者はいなくなるべきだ」 植松聖被告が犯行に及んだ契機は 園で入所者が撒き散らした汚物を処理している時だったときに 「彼らが人に迷惑をかける源だと気がついた」 という。。 昨年7月に届いた手紙の中で、 意思疎通ができないという意味で知的障害者を「心失者」と表現し、 「シンシツシャ」と自らふりがなをふっていた。 犯行当時、 「寝ていた心失者たちに『おはようございます』などと話しかけ、返事がなかった人は刺した」 と明かしたという。 「殺したことは認めるが、彼らは人ではないので殺人ではないと訴えたい。 みんな分かってくれるはずだ」 と犯行への謝罪や反省、後悔の言葉は今まで聞かれていない。。 植松聖が犯行前に送った手紙1) 衆衆議院議長 大島理森様 この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。 私は障害者総勢470名を抹殺することができます。 常軌を逸する発言であることは重々理解しております。 しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。 理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。 障害者は人間としてではなく、動物として生活を過ごしております。 車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。 私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。 重複障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。 障害者は不幸を作ることしかできません。 フリーメイソンからなるイルミナティが作られたイルミナティカードを勉強させて頂きました。 戦争で未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、多くの憎しみを生みますが、障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます。 今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可決である辛い決断をする時だと考えます。 日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。 世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。 是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。 私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。 衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類の為にお力添え頂けないでしょうか。 何卒よろしくお願い致します。 文責:植松 聖 植松聖が犯行前に送った手紙2) 植松 聖さとし の実態 私は大量殺人をしたいという狂気に満ちた発想で今回の作戦を、提案を上げる訳ではありません。 全人類が心の隅に隠した想いを声に出し、実行する決意を持って行動しました。 今までの人生設計では、大学で取得した小学校教諭免許と現在勤務している障害者施設での経験を生かし、特別支援学校の教員を目指していました。 9月車で事故に遭い目に後遺障害が残り、300万円程頂ける予定です。 外見はとても大切なことに気づき、容姿に自信が無い為、美容整形を行います。 進化の先にある大きい瞳、小さい顔、宇宙人が代表するイメージそれらを実現しております。 私はUFOを2回見たことがあります。 未来人なのかも知れません。 本当は後2つお願いがございます。 今回の話とは別件ですが、耳を傾けて頂ければ幸いです。 何卒宜しくお願い致します。 医療大麻の導入 精神薬を服用する人は確実に頭がマイナス思考になり、人生に絶望しております。 心を壊す毒に頼らずに、地球の奇跡が生んだ大麻の力は必要不可決だと考えます。 何卒宜しくお願い致します。 私は信頼できる仲間と 過すことを目的として歩いています。 カジノの建設 日本には既に多くの賭事が存在しています。 パチンコは人生を蝕みます。 街を歩けば違法な賭事も数多くあります。 裏の事情が有り、脅されているのかも知れません。 それらは皆様の熱意で決行することができます。 恐い人達には国が新しいシノギの模索、提供することで協調できればと考えました。 日本軍の設立。 刺青を認め、簡単な筆記試験にする。 出過ぎた発言をしてしまい、本当に申し訳ありません。 今回の革命で日本国が生まれ変わればと考えております。 植松聖が犯行前に送った手紙3) 作戦内容 職員の少ない夜勤に決行致します。 重複障害者が多く在籍している2つの園(津久井やまゆり、別の園=原文は実名)を標的とします。 見守り職員は結束バンドで見動き、外部との連絡をとれなくします。 職員は絶体に傷つけず、速やかに作戦を実行します。 2つの園260名を抹殺した後は自首します。 作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。 逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。 心神喪失による無罪。 新しい名前(伊黒崇)本籍、運転免許証等の生活に必要な書類。 美容整形による一般社会への擬態。 金銭的支援5億円。 これらを確約して頂ければと考えております。 ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。 日本国と世界平和の為に、何卒よろしくお願い致します。 想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております。 母親が漫画家だからだろうか。 刺青みたいな絵だけど、何か意味があるのだろうか。 上記の手紙と一緒に入っていた絵だ。 スポンサーリンク 植松聖の死刑はいつ? これだけの殺傷事件を起こしているわけだから当然死刑判決になるだろうと予想している方も多いと思う。 多分、日本の法律的には死刑かもしれない。 ただ、事件が事件だけに精神鑑定とかいろいろあるみたいね。 地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の麻原彰晃だって 事件から23年もたってからやっと死刑だったし。 植松聖被告も死刑は確定したとしても まだまだ先なのではないかと思う。 まとめ 植松聖被告、漫画家の母と教師の父を持つ、生い立ちもそんなに悪くないし、 どちらかといえば好青年みたいな印象を受けた。 そんな好青年だった人がなぜ? と驚きの声も多いわけだけど。 正義感が強かったり、自分がどうにかしないと大変なことになる と思ったのかな、、 私はだけど、看護師とか保育士、介護士など、 人のケアをするような仕事を目指す人って本当にすばらしいと思う。 広い心がないと務まらないし、そもそもそこを目指さないよね。 だから私は無条件にそういう仕事している人は尊敬しちゃう。 自分には絶対できないことだから。 殺人もだめだし、何か病的なものを感じる植松被告だけれど 3年間施設で働いている間にいろんなことを知って 自分がなんとかしないとと思ったのだろう。 その方法が間違っているとは思うけれど、 私たちがわからない、いろんな経験や状況を目の当たりにしたのかな、 殺人はあかんし、他にやり方があったと思うけど でも彼をそうさせる何かが必ずあったわけで。 介護や障害者のケアなどをしている人が疲れて病気になったりしている現実は確かにある。 全くなくすことはできないけれど、 私はケアされる人だけでなくケアしている人たちを いたわる何かがあってもいいのではないかと日々思う。 みんなが幸せにってとても難しいことだけど、 家族の介護やケアで疲れているひとがほっとできる一時を 提供できるサービスとか何かもっとあったらいいなと思う今日この頃であります。 スポンサーリンク.

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植松聖を退院させた医師は誰?相模原刺殺

植松 聖

2020年1月14日、横浜拘置支所で相模原障害者殺傷事件の植松聖被告に接見した。 連日公判が続いているので植松被告に接見するのは1月末でいい、と当初は思っていたのだが、1月8日の第1回公判で、彼が法廷で右手の小指を噛みちぎろうとして取り押さえられた事件があったので、急遽接見することにした。 マスコミには植松被告が法廷で「暴れた」としか報道されておらず、意図が全く伝わっていないので、もう少しきちんと意思の伝え方を考えないとだめだ、とアドバイスするつもりだった。 朝に人身事故があって電車が遅れ、8時半頃、拘置所に着くと、9日に接見予定だったのに断られた新聞とテレビの記者が来ており、一緒に接見した。 立ち入った話をするつもりだったので、大手マスコミと一緒というのはどうなのかと一瞬思ったが、9日に約束を守れなかった記者に対して植松被告なりに気を使ったらしい。 私が前もって送っておいた電報も祝日が重なって本人に渡っていなかったのかもしれない。 「言葉だけの謝罪ではすまないと思った」 8日の法廷で行ったことの意味を訪ねると植松被告はこう語った。 「言葉だけの謝罪では納得できないと思ったから」 「言葉だけでなく謝罪の気持ちを伝えたいというのはわかるが、それがあの行動だったのはどうしてなのか」と尋ねると、 「それが今できる一番の謝罪の仕方と思ったから」という。 「でも法廷で指を噛み切るなどというのがうまく行くわけないだろう。 絶対に途中で止められるから」 とさらに言うと、意外にも本人は「いや、うまく行くと思ってました」という。 それが成功しなかったのは、 「第2関節が思った以上に堅かったから」だという。 どんな治療をしたのかという質問には、「傷口を縫ってもらいました」という。 ただそれに続けて植松被告は、驚くべき言葉を発した。 「その日は午後、拘置所に戻って医師に診てもらったのですが、たいしたことはない、と言われました。 それでそのままになったのですが、翌朝6時の起床時間前に、自分で小指を噛みちぎりました」 法廷で失敗したので翌朝、実行したというのだ。 看守が黙って見ているわけはないのだが、できるだけ静かに、なかなか気づかれないように実行したという。 第2関節が法廷で難しかったので、拘置所では第一関節を噛みちぎったという。 ただ当然、監視カメラで見られているのですぐに見つかって、大騒ぎになり、医師が駆け付けてきたらしい。 「縫合手術でまた小指をつなげたわけね」と訊くと、 「いやもう小指の先はぐちゃぐちゃでしたから」と否定した。 つまり植松被告の小指は現在、第一関節から先が欠損したままになっているというわけだ。 面会室にも彼は、10日の第2回公判でつけていた白いミトンをつけて臨んでいた。 「でも噛みきるのは痛かったでしょう」という質問には、 「痺れました」という返事だった。 感覚が麻痺するくらい痛かったということらしい。 事前に話したら止められるから誰にも言わないで法廷で自傷行為をしたのだろうが、いったいいつからそんなことを考えていたのか。 「謝罪は2年前から考えていました」と本人は言う。 確かに迷惑をかけた被害者家族に謝るというのは、1987年に接見禁止が解除されてマスコミの取材を受けいれた時から言っていることだ。 だから第1回公判で植松被告が傍聴席にいる遺族や被害者家族に謝罪するつもりであることは事前に何度も聞いていた。 しかし、指を噛みちぎるという方法を思いついたのは、それほど前ではないだろう。 植松被告は、自分なりに謝罪の仕方については考えてきて、お金を送ることも考えたという。 でも私は即座に「それは遺族が拒否するのではないか」と言った。 誰に対して謝罪したのかーー驚くべき答え 初めて裁判に臨んだ植松被告の法廷に対する印象は「厳粛だな」ということだった。 そこで遺族に謝罪するのは当然だとして、私が言ったのは「でもあんなやり方では伝わらない。 君も緊張していたからだろうが『皆様にお詫びしたい』という曖昧で、いったい誰に謝罪しているのかも伝わらなかったと思う」ということだ。 植松被告は2年前に接見した時から「自分のやったことは今でも正しかったと思っている。 でも家族を巻き込んだことについては謝りたい」と言ってきた。 だから当然、今回の「皆様」も被害者家族や遺族のみで、殺傷した相手には謝罪していないと考えた。 でもそういう話をした時に、植松被告は意外なことを口にした。 「確かに自分のやったことは仕方ないと思っています。 でも亡くなった皆様にも申し訳ないと思っています」 この言葉には驚いた。 「自分のやったことは間違っていないが、安楽死でなくああいう形になったことは本意ではない」というのがこれまでの彼の言い方だった。 しかし、今回は明確に「亡くなった方に申し訳ないと思う」と語ったのだ。 そして「今までも、亡くなった方を含まないと明確に言ってはないと思います」と補足した。 後でこの1カ月ほど接見した他の人にも聞いてみると、最近になって植松被告は、自分が殺傷した相手にも謝罪の意を表明するという、そういうニュアンスの言い方に変わってきていたという。 1月8日の法廷での謝罪はそこが曖昧だったのだが、恐らく被告人質問で弁護側はそこに踏み込むだろうから、彼は被害者や犠牲者に対しても謝罪を表明することになるだろう。 本人は、これまでと変えたわけではないというが、2年間、彼と接見してきた私から言えば、明らかに変わったと言ってよい。 それとあわせて気になるのは、植松被告が最初に接見した2017年夏の頃と明らかに変化したことだ。 これは以前もヤフーニュースに書いたし、いろいろなところで話している。 自分のやったことが正しいと言明するのは同じなのだが、2017年夏頃は、それを畳みかけるように前のめりで私に話をしたものだ。 何かに取りつかれた感じで、自分の考えは熱心に説けば必ずわかってもらえるはずだという思いが全面にあふれていた。 私が彼の成育環境や家族の話を訊こうとすると、「時間がないんです」と何度も口にした。 自分の考えを多くの人に伝えたいから、余計なことは訊くな、というニュアンス趣旨だった。 そういう憑かれた感じが、半年1年と経つうちに明らかに薄れていった。 外見的には、元気がなくなっていった。 もう死刑を覚悟しているだろうから、今さら「間違っていました」と反省・謝罪するのは簡単ではないが、事件の動機となった自分の主張を最初の頃のように前のめりで相手に説くという姿勢は明らかに後退していた。 それが今回、犠牲者や被害者にも謝罪するというところまで、3年半かけてようやく行き着いたわけだ。 「いろいろな人と面会を重ねるなかで、謝罪の気持ちを言葉にした方がよいのかなと思うようになりました」ともいう。 心神喪失主張に強い反発 被告人質問は21日から始まる予定を言われるが、その被告人質問で、植松被告がこれまで報じられてきた以上に踏み込んで、謝罪の意思表示をすることは間違いない。 それは良いことなのだが、実はその30分にわたる接見の後半は、なかなか難しい話になった。 弁護団の方針である「事件当時心神喪失だったがゆえに無罪」という主張について植松被告が納得していないのはこれまでも指摘されてきた。 死刑を免れることを意図して自分が精神障害であると主張することは、そういう人間は生きている意味がないといって事件を起こした彼の思想を否定することになるからだ。 植松被告は、確定死刑囚についても、そういう人間をいつまでも生かしておくことは間違いだと言ってきた。 だから自分が死刑を宣告された時には控訴もしないということになる。 彼自身が否定してきた存在を、自分もそうだと主張することは、他の同様のケース以上に、植松被告にとっては重たい問題なのだ。 ただこれまでは一方で、弁護団が心神喪失を主張しても法廷でそれを否定するつもりはないと言ってきた。 でも、本日の接見で話を聞くと、今まで弁護団との方針のずれは曖昧にしてきたのだが、裁判が始まって弁護団の主張を改めて聞いてみると、到底納得できないという感じになったらしい。 「迷惑です」と9日に訪れた弁護人にも言ったという。 接見した最初の頃は、もう決裂も辞さずという勢いで植松被告が語っていたので、私もこれはなかなか深刻だと思った。 でも一方で彼は「ただ弁護士にはお世話になっているので」とも言った。 植松被告と弁護団の間でスムーズな意思疎通ができていないことは、これまでも感じてきたが、実際に裁判が始まって、それまで何となく曖昧にしてきたことがそうはいかなくなったということだろう。 それに対して私は、君には2つの選択肢がある、決裂するか折り合いをつけるかだ。 でも、もう2年以上にもわたって公判前整理手続きが行われ、裁判員裁判が始まった今になって、流れを全部ひっくり返すのは難しい、だから折り合いをつけることができないのか、話し合ってつめてみてはどうか、とアドバイスした。 接見の最後の頃には、植松被告もだいぶその方向に傾いたようだった。 私はこれまで重大事件の裁判は何度も傍聴し、関わる機会もあったが、被告本人と弁護団に齟齬どころか対立があるケースは幾つもあった。 平成に入ってからの凶悪事件で、被告自身が死刑になることを望んでいるケースでは、それはもちろん弁護団と相いれない。 一番典型的だったのは奈良女児殺害事件の小林薫元死刑囚(既に執行)のケースで、私は小林死刑囚から「弁護団の解任はできないのでしょうか」とまで相談された。 ただ当時の主任弁護人も正義感あふれる熱血の弁護士で、私は敬意を感じていた。 だからできるだけ双方で歩みよりができるように尽力した。 さて近々始まる被告人質問でどんなやりとりがなされ、植松被告が法廷で何を述べるかは、いっそう注目すべき状況になった。 私はちょうどその頃、月刊『創』(つくる)3月号の締切時期で、果たしてどれだけ傍聴に通えるか心許ないのだが、この裁判で可能な限り事件の解明がなされることを強く望んでいる。 そのためには可能な限り尽力しようと考えている。 本当は寝屋川中学生殺害事件の山田浩二被告をめぐっても、一度死刑が確定しながら再び裁判の継続の可能性が出てくるなど大事な局面で、山田被告にも大阪拘置所に「早く接見に来てほしい」と言われている。 やるべきことが多すぎて簡単にはいかない状況だ。 明日15日からまた相模原事件の裁判が行われる。 なお前回10日の第2回公判については、下記の記事をぜひお読みいただきたい。 相模原障害者殺傷事件裁判の法廷で明かされた植松聖被告の凄惨犯行現場 またその記事に書いたが、相模原事件については2018年に『開けられたパンドラの箱』という本を創出版から刊行している。 未読の人はぜひ読んでいただきたい。

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