こう みょう たん。 歎仏頌

南部地方伝来のカキ 「妙丹柿(みょうたんがき)」

こう みょう たん

妙香です、ナマステ。 春ですねノ お寺のもぼちぼち咲き始めました。 桜じゃないんだねぇ… 【現代語訳】 春の光は全てにおいて平等に降り注ぐ 花の枝に長短があるのは自然の摂理である *** この禅語は「平等」というものを2つの視点からとらえています。 前半部分…マクロな視点での平等。 後半部分…ミクロな視点での平等。 ほとけさまになぞらえるなら、前半のマクロな視点での平等がで、後半がって感じでしょうかねノ は、いわば「おひさま」です。 この世の隅々まで光を届ける存在です。 平等な世界観の象徴 の中心に描かれています。 は、 ひとりひとりが最も必要としている宝物を手渡す存在です。 多くの手があり、そこに様々な宝物を持っています。 【妙香による解釈と解説】 【】 全ての存在は、その命を輝かせるために必要な教えを、平等に受け取っています。 それを受け取って、 心の赴くままに駆け出し、大きく飛躍するのも良いでしょうし、 基盤を固め、現状に安息を見出すのも良いことです。 何故ならばそれは全て、自然の摂理にかなっているからです。 *** 世の流れとしては、大きな変革の時代だと言われています。 わたし個人としては、その流れに乗って自分を変革することに決めました。 でも、それは必ずしも「絶対的な正解」では無いと思っています。 ただ単に、わたしのエゴがそれを「好ましい・心地よい」と感じているだけです。 世の中には、過去の改革や流行に左右されなかったことで、脈々と現代に受け継がれているコンテンツもありますし、その恩恵を受けてこそ、いまの自分があります。 だから、長い目でみたら世の中には「大きな変革の波にのる人」と「そこに乗らずに淡々と一定のペースを貫く人」の両方必要なんだな…って思います。 「物事の本質の理解」と「現状への適切な判断」と「立場の違う相手への敬意」 これさえあれば、表面的な立場や状況は違えども、平等に宇宙の進化へ貢献 =仏への供養 をしている仲間なんだろうな… そんな気がします。 ******* って、長く伸びた枝から先に咲くわけでもないし、日当たりがよさそうなてっぺん辺りから咲き始めるわけでもないんですよね。 んで、一番最初に立派に膨らんだつぼみがそのまま綺麗に花を咲かせるわけでもないです。 そのままヘタって咲かなかったり、咲いても花弁のカタチが整ってなかったりする。 綺麗な花の条件って、一体なんだろう? 一番優れた咲き方って、存在するんだろうか? てかこれって、人間の生き方に置き替えることもできるかも… …そんなことを考えます。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 合掌 epa-hei.

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四字熟語一覧表

こう みょう たん

田島ではお灯明(燈明:とうみょう) たんころは、江戸時代の長い間照明の主流となっていました。 たんころの燃料としては、菜種油・ゴマ油などが使われていましたが、 現在は、家庭用の天ぷら油を使って、ろうそく程度の火を灯しています。 私の作っているたんころは、小さい物で 約2時間から3時間半ぐらい、... 急須で2日間ぐらいは灯り、小皿で2時間がともっています。 本物のたんころ=灯明皿は中古で¥3,500から¥6,500します。 七日町の骨董屋は一個¥6,500のみ 5軒の骨董屋をみたしてが売っていませんでした。 灯芯は、消耗品です。 交換の際には下記の物をご使用ください。 綿ロープまたは綿のひも(綿100%・太さ3・程度) 紙ひも500mで¥500 私は紙ひもを使用しました。 燃えない.

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妙好人

こう みょう たん

(訓読 - もしよく相続して念仏するものは、この人はなはだ希有なりとなす、さらに物としてもつてこれに方ぶべきなし。 ゆゑに分陀利を引きて喩へとなすことを明かす。 「分陀利」といふは、人中の好華と名づけ、また希有華と名づけ、また人中の上上華と名づけ、また人中の妙好華と名づく。 この華相伝して蔡華と名づくるこれなり。 もし念仏するものは、すなはちこれ人中の好人なり、人中の妙好人なり、人中の上上人なり、人中の希有人なり、人中の最勝人なり。 ) と賞賛したことによる。 もともとは者・願生者を指す語である。 在俗の篤信者の語意として使われるようになったのは、に編纂された、の浄泉寺(市木)の()の僧侶・(の父)が編纂した『新聞妙好人伝』からである。 以後、全国で布教し寄進を募り教団の財政を立て直したことで知られる僧純の編集した『妙好人伝』五編(1842年・天保13、一編は『新聞妙好人伝』の再編)とつづき、から初期にかけて何篇かの妙好人伝が編まれた。 妙好人を最初に取り上げた知識人は、禅の研究者としてであった。 その後、思想家のがを対象としたを纏めて『妙好人 因幡の源左』を発表し、一般に妙好人という概念が広く知られる事となった。 また、小説家のは、紀行文集『』「因幡・伯耆のみち」において妙好人に触れ、日常の瑣末のことがらにまで仏教的な悟りに似た境地にある一般人を指すと言い、また同時に歴史的存在であるとも述べている。 妙好人は、もっぱらその言行をもって周囲から尊称された人物とも言える。 江戸~明治期において市井に生きる人々の言葉が後世に残る事は稀であり、が急速に発達した近代~現代の人物を妙好人と評するに議論が分かれる論拠となる。 妙好人とされる主な人物 [ ]• (足利喜三郎、-)• (浅原才市、-)• (-)• (-)• (-) 参考文献 [ ]• 、・舟橋一哉 編『仏教学辞典』法藏館、1995年、新版。 、・・・今野 達 編『岩波仏教辞典』岩波書店、2002年、第二版。 この項目は、に関連した です。

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