ショパン 革命 の エチュード。 ピアノ講師が伝授!ショパン「革命のエチュード」難易度と弾き方のコツ!

ピアノ講師が伝授!ショパン「革命のエチュード」難易度と弾き方のコツ!

ショパン 革命 の エチュード

ショパンの「革命のエチュード」は「練習曲ハ短調作品10-12」と呼ばれる独奏曲です。 あくまで練習曲のひとつとして作られましたが、作曲当時、祖国ポーランドのワルシャワがロシアに侵攻され、怒りの感情をぶつけて作曲されたと言われています。 だからこんなにも激しく、情熱的な曲なんですね。 「革命のエチュード」の難易度 全音楽譜出版社による難易度表では、A~Fのうち最も難しいFとされる曲です。 数ある楽曲の中でも最上級に難しいので、初心者だととても弾きこなせないでしょう。 独学で学び始めた人にとっても難しく、本来はピアノ教室に何年も通って上級者になった人が弾けるような曲です。 楽譜の中には初心者向けのアレンジされたものもありますが、「革命のエチュード」に関しては編曲されたものよりやっぱり原曲がおすすめです。 「革命のエチュード」は編曲してしまうと曲が持つ激しさや美しさがどうしても損なわれてしまい、弾けるようになっても「なんだか違う…」と感じてしまいます。 初心者が「革命のエチュード」を弾くには 初心者が「革命のエチュード」を弾こうとすると、どうしても最初のうちに挫折してしまうため、本来ならやっぱり基礎練習から入って、難易度の低い曲から練習するのが王道でしょう。 しかし、そうはいっても「革命のエチュード」が弾きたいんだという場合、ほんのちょっとだけ練習してしまうのもアリです。 左手は16分音符が並ぶので忙しく動き回っていますが、右手は和音をメロディーのように弾いているので、右手だけなら初心者でも弾けてしまいます。 「革命のエチュード」をこっそり弾いてみたい人は、楽譜を用意して右手だけを練習してみましょう。 「革命のエチュード」を弾くときのコツ 「革命のエチュード」をしっかりマスターしたい人は、重要となる左手から練習するのがおすすめです。 早く鍵盤を押さえようとすると、どうしても力が入って伴奏の音がメロディーより目立ってしまうことがあります。 しかし、「革命のエチュード」では左手は歌っているようになめらかに弾かないと雑音に聴こえてしまいます。 まずは譜読みをして、左手の音をスラスラ口で言えるようになるまで練習し、弾きながら音を言えるようになるまで繰り返し演奏してください。 それができてから右手の練習をし、左手を弾きながら右の音を歌って音の重なりを確認しましょう。 その後、両手でゆっくり演奏します。 曲が完成するまで数ヶ月かかりますが、弾けるようになったときの感動はひとしおです。 さらに人前で堂々と披露できるようになるまで、反復練習して技に磨きをかけていきましょう。 ほかにもいっぱいある!ショパンの名曲たち ショパンはピアノをやっている人なら、誰もが興味のある作曲家です。 ショパンの曲が弾きたくてピアノを始めた人も多いでしょう。 ショパンの名曲には、ほかにもこんな曲があります。

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【難易度と解説】ショパン エチュード作品10(別れの曲 / 黒鍵 / 革命 etc.)

ショパン 革命 の エチュード

曲集は1833年に出版され、ショパンの友人でもあったハンガリーの作曲家でピアニストの フランツ・リスト 1811-1886 に捧げられています。 ショパンが青年期を過ごした頃の祖国ポーランド王国はロシア皇帝が国王を兼ねる実質的なロシアの従属国でした。 当初こそある程度の自治を認めていたものの、徐々にそれも制限されロシアによる専制が強まっていきます。 ポーランドではこれに反発し民族運動の機運が高まっていきますが、これはロシアによって厳しい弾圧を受けることになります。 1830年11月2日、新たな活躍の場を求めショパンが祖国ポーランドを旅立った直後の11月29日、首都ワルシャワで武装蜂起が起きます。 この武装蜂起は翌1831年にはさらに戦火が拡大し、激しい戦いの末に10月にはロシアに鎮圧されて終わります。 この作品が作曲された1831年はまさに祖国ポーランドが激動の真っただ中にあり、祖国を離れてこの闘争に参加できなかったショパンはその激しい感情をこの作品に込めたとされています。 「革命」の愛称もこのエピソードもショパン自身の言によるものではないため、真偽の程は定かではありませんが、ショパンが異国の地で祖国ポーランドの行く末に気をもんでいたことは間違いないことです。 同年9月ウィーンを経てパリへ到着したショパンは祖国の敗戦の報を聞き、その後生涯祖国ポーランドの地を踏むことはありませんでした。 楽曲は激しい和音に続く乱れ落ちるかのような細かい音型が激しい感情を吐露するような雰囲気を醸し出しています。 ショパン「革命のエチュード」youtube動画 ショパン:練習曲作品10-12ハ短調「革命のエチュード」 ピアノ:ユンディ・リ ユンディ・リは1982年中国生まれのピアニストです。 1994年以降数々のピアノコンクールに入賞した後、2000年には第14回ショパン国際ピアノコンクールで第1位優勝、これは15年ぶりの第1位受賞の快挙でもありました。 現在は世界を舞台に活躍する人気のピアニストです。 今回ご紹介した動画は2010年5月に北京で行われたショパンライヴのアンコールで演奏されたものです。 このライブはCD+DVDの作品として発売されています。 ショパン「革命のエチュード」無料楽譜 リンク先から無料楽譜をダウンロード出来ます。 ご利用方法がわからない方は下記の記事を参考にしてください。 ショパン「革命のエチュード」名盤 管理人おすすめの名盤はこちら! ショパン:12の練習曲 op. 10 ショパン:12の練習曲 op. 25 ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ 録音時期:1972年 マウリツィオ・ポリーニは1942年イタリア生まれのピアニストです。 15歳でジュネーブ国際コンクール第2位、18歳でショパン国際ピアノコンクールで優勝と言う輝かしいキャリアを持つ、現代最高のピアニストの1人です。 1972年、ポリーニ30歳の録音で完璧なテクニックと高い音楽性で知られる名盤です。 「Amazon Music Unlimited」ならショパンのいろんな作品が聴き放題で楽しめます!まずは無料体験から!.

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【難易度と解説】ショパン エチュード作品10(別れの曲 / 黒鍵 / 革命 etc.)

ショパン 革命 の エチュード

ショパンの「練習曲作品10-12」は1831年ごろに作曲されたピアノ独奏のための作品で、「革命のエチュード」という名でも知られています。 またこの作品は、友人のフランツ・リストに献呈されました。 「革命」というタイトルは、リストによって名づけられたものです。 冒頭のフレーズは皆さんも1度は耳にしたことがあると思います。 クラシック音楽の中でも屈指の人気を誇る有名な曲です。 「練習曲作品10」は12の曲で成っており、12曲目の「革命のエチュード」の他に3曲目の「別れの曲」も大変有名です。 ここでは、ショパン「練習曲作品10-12(革命のエチュード)」の解説と名盤を紹介したいと思います。 ショパン「革命のエチュード」の演奏 Franz Liszt 練習曲というタイトルですが、練習曲という名からイメージする無機質な曲は1つもありません。 全体を通して練習曲としての要素だけでなく、芸術的要素も溢れた美しい曲ばかりです。 いわゆる指を動かすテクニックの練習曲ではなく、もっと内面的な感情や表現も含めた練習曲なのです。 動乱のポーランドの時期に生まれた作品 この曲が書かれたころは、1830-1831年に起こった「11月蜂起(カデット・レボリューション)」と重なります。 これはポーランドやリトアニアで発生したロシア帝国の支配に対する武装反乱でした。 この反乱には多くのポーランド人たちが参加しました。 しかし、これは結局はロシア軍により鎮圧されました。 ショパンもそれに加わりたかったのでしょうが、体が弱かったため反乱には参加できませんでした。 ショパンはこの怒りの感情を音楽で表現しようとしました。 そして、それが表現された代表作が「練習曲作品10-12(革命のエチュード)」だと言われています。 ショパン ちなみにこの頃のショパンは1830年にポーランドのワルシャワを離れウィーンへ移っています。 また翌年の1831年にはウィーンからパリへ渡っています。 ポーランドの敗北の知らせも、ドイツのシュトゥットガルトで聴いたと言われています。 この反乱の中、ショパンは故郷のポーランドには住んでいなかったというわけです。 「革命」を描いた作品ではない!? この作品は、その「革命」について描かれた作品だと考えられてきました。 しかし、近年の研究によると「"革命のエチュード"と"革命"に関係性はない。 」ことが有力だと言われています。 一方でショパンはこの革命により、知人の死を経験し、心をひどく痛めました。 ロシアがポーランドを鎮圧したことを嘆き、「あなた(神)はロシア人だったのですか?」と悲しんだそうです。 そういう意味では、この作品と革命は精神的などこかで関係しているのかもしれません。 この他に「スケルツォ第1番」もこの時期に作曲されています。 ショパン「練習曲作品10-12(革命のエチュード)」の名盤 ショパン弾きのスペシャリストとしても評価の高いアシュケナージの演奏による名盤です。 別れの曲だけではなく、ショパンの名曲はほとんど収録されています。 良い意味で個性が溢れていない、世界を代表するピアニスト・アシュケナージによるスタンダードな演奏ですので、クラシック初心者の方にもオススメしたい1枚です。 ピアニストの魅力だけでなく、曲そのものの魅力も十分に味わうことが出来ます。 ウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Ashkenazy、1937年7月6日 - ) ソヴィエト連邦出身のピアニスト・指揮者で、20世紀後半を代表するピアニストの一人。 168センチの小柄な体格で、卓越したテクニックと洗練された音楽で聴き手を魅了している。 とても幅広いレパートリーを誇り、その音楽は万人に愛されている。 1955年:ショパン国際ピアノコンクールに出場2位。 アシュケナージが優勝を逃したことで、審査員が降板する騒動になる。 1956年:エリザベート王妃国際音楽コンクール優勝 1962年:チャイコフスキー国際コンクール優勝 1963年:ソ連から亡命のためにロンドンへ移住 1970年:指揮活動も開始 1972年:アイスランド国籍取得 1987年:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督に就任 1989年:26年振りにソ連に帰郷.

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