かげろう 日記。 楽天ブックス: かげろう日記

『かげろう日記 (角川ホラー文庫)』(吉村達也)の感想(27レビュー)

かげろう 日記

時代は平安時代中期、大陸文化に憧れていた日本ですが、独自の文化を見直そうと仮名文字の使用が広まるようになっていました。 丸みを帯びた仮名はとくに女性のイメージに近く、女流の日記に続々と使われるようになります。 その最初の作品とわれているのが「蜻蛉日記」です。 作者は藤原道綱の母、名前は明らかになっていません。 上中下の3巻からなり、主な登場人物は作者本人とその夫、藤原兼家です。 作者は文才と歌才に優れているだけでなく、才色兼備で、男性からの人気もかなり高かったようです。 自分に惚れた男の滑稽さを静かに笑いながらも、そのなかでもっとも熱心だった兼家と結婚しました。 ところが、彼はどうしようもない浮気者。 やがて作者は、家に帰らなくなった夫への嫉妬や、愛人女性に対する怒り、それでも変わらぬ息子への愛などを募らせていきます。 夫婦と家族の物語を和歌で綴る、女流日記文学の最高峰、それが蜻蛉日記です。 本作の優れた作品力は、冒頭から発揮されます。 どんな文学作品も掴みが大切。 本作はページをめくった瞬間から、男女関係に悩む人々の心を掴んで離さないことでしょう。 「かくありし時過ぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経ふ人ありけり」 時は淡々と過ぎ、世の中は相変わらず頼りなく、拠り所もなく、自分はただ暮らす人である、と始まります。 この気だるい鬱々とした書き出しは、現代にも通ずるところがあるでしょう。 結婚したものの、毎日同じようなことのくり返しで、夫の愛も感じられず、ただ生きているだけ……このような少しグチっぽい文は、現代でもSNSなどで多くの女性が発信していることです。 作者の藤原道綱の母は、男女の永遠のテーマともいえる嫉妬や、すれ違う愛への苦悩を、類まれなる文才で綴りました。 満たされない思いを吐き出す場として、蜻蛉日記は書かれたと考えられます。 平安時代にSNSがあれば、たくさんの「いいね!」が押されていたかもしれません。 蜻蛉日記の内容とあらすじ 蜻蛉日記は非常にモテた作者の若い頃から、結婚、そしてひとり残されることが増える寂しい夫婦生活へと展開していきます。 当時、男女の関係は現代のように平等という捉え方はされていなかったはず。 とくに身分が高い夫と夫婦になった作者は、自分の気持ちを表現できずに我慢することが多かったことでしょう。 しかし、おしとやかな外面とは裏腹に、鋭い観察眼を持っていました。 浮気夫の言葉のひとつひとつが、本心ではなく何か誤魔化そうとしていることなどはお見通しです。 夫への嫉妬、許しがたい不貞に対する思いが、赤裸々に綴られていきます。 作者は家柄のよい環境で、現実の厳しさから隔離され、大切に育てられました。 結婚も親の意のままです。 だからこそ、ぞんざいな扱いを受けることに慣れていなかったことでしょう。 女心をむき出しにして書き留められていく蜻蛉日記ですが、そこにはグチや憎しみだけが込められているわけではありません。 日を追うごとに女性として成長していくさまも感じられます。 女性の葛藤と成長、そして男の狡さと弱さを垣間見ることができます。 蜻蛉日記の有名な和歌を、原文と現代語訳で紹介 小説のように物語を追うだけでも大変魅力的な蜻蛉日記ですが、なんといっても秀逸なのが、百人一首にもなっている和歌の数々です。 短いフレーズに複雑な感情が織り交ぜられる、洗練された言葉選びのセンスの一部をご紹介しましょう。 「嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る」 あなたがいないことを嘆きながら、ひとり夜を過ごして明けるまでの時間は、どれだけ長いものかおわかりですか?わからないでしょうね。 百人一首になったもっともポピュラーな歌です。 ここからは、結婚前の夫とのやりとりの和歌を紹介します。 「鹿の音も聞こえぬ里に住みながら あやしくあはぬ目をも見るかな」 鹿の鳴き声も聞こえないような都に住みながら、不思議に眠れない、あなたの目を見れない、逢えないからです。 この歌に対する返事が以下となります。 「高砂のをのへわたりに住まふとも しかさめぬべき目とは聞かぬを」 鹿の多い高砂の山に住んでいても、そんなふうに目が覚めるとは聞きません。 不思議ですね。 恋の駆け引きが和歌で綴られるというのは、現代文学では味わえない独特の感動を生み出してくれるでしょう。

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『かげろう日記 (角川ホラー文庫)』(吉村達也)の感想(27レビュー)

かげろう 日記

蜻蛉日記(かげろうにっき) 作者:藤原道綱母(ふぢわらのみちつなのはは) 「黒=原文」・ 「青=現代語訳」 解説・品詞分解はこちら 問題はこちら さて、九月(ながつき)ばかりになりて、出でに たるほどに、箱のあるを、手まさぐりに開けてみれば、 人のもとにやらむとしける文あり。 さて、九月ごろになって、(作者の夫の兼家が)出て行ってしまった時に、文箱があるのを手慰みに開けて見ると、他の女のもとに届けようとした手紙がある。 あさましさに見てけりとだに知られむと思ひて、書きつく。 意外なことだとあきれて(自分が)見てしまったということだけでも(夫の兼家に)知られようと思って、書きつける。 うたがはし ほかに渡せる ふみ見れば ここやとだえに ならむとすらん 疑わしいことです。 他の女性に送る手紙を見ると、ここへ(あなたが訪れること)は、途絶えようとしているのでしょうか。 など思ふほどに、むべなう、十月(かみなづき)つごもり方(がた)に、三夜(みよ)しきりて見えぬときあり。 などと思ううちに、思った通り、十月の末ごろに三晩続けて来ないときがあった。 つれなうて、「しばし試みるほどに。 」など気色(けしき)あり。 (それにもかかわらず、夫の兼家は)素知らぬ顔で、「しばらく(あなたの気持ちを)試しているうちに。 」などというそぶりである。 これより、夕さりつ方(かた)、「内裏(うち)に、逃るまじかりけり。 」とて出づるに、 ここ(私の家)から、夕方ごろ、「内裏(宮中)に断れそうにない用事があるのだ。 」と(夫の兼家が)出かけるので、 心得で、人をつけて見すれば、「町小路(まちのこうじ)なるそこそこになむ、止まりたまひぬる。 」とて来たり。 (私は)納得できず(おかしいと思って)、召し使いの者をつけて見させると、「町の小路にあるどこそこに、お止まりになりました。 」と(召し使いの者は)言って帰って来た。 さればよと、いみじう心憂しと思へども、言はむやうも知らであるほどに、二、三日(ふつかみか)ばかりありて、暁方(あかつきがた)に、門をたたくときあり。 思った通りだと、たいそう嘆かわしいと思うけれども、言いようも分からないでいるうちに、二、三日ほどして、明け方に門をたたくときがあった。 さなめりと思ふに、憂くて開けさせねば、例の家とおぼしきところにものしたり。 その(夫の兼家が訪れて来た)ようだと思うと、気に食わなくて、(門を)開けさせないでいると、例の家(町の小路の女の家)と思われるところに行ってしまった。 つとめて、なほもあらじと思ひて、 翌朝、そのままにしてはおくまいと思って、 嘆きつつ ひとり寝(ぬ)る夜の あくる間は いかに久しき ものとかは知る 嘆きながら一人で寝る夜が明けるまでの間は、どんなに長いものか分かりますか。 (いえ、分からないでしょう。 と、例よりはひき繕ひて書きて、移ろひたる菊に挿したり。 と、いつもよりは注意を払って書いて、色あせた菊に挿し(て手紙を送っ)た。 返り言、「あくるまでも試みむとしつれど、とみなる召し使ひの、来合ひたりつればなむ。 いと理(ことわり)なりつるは。 返事は、「夜が明けるまで待とうと試みたけれど、急用の召使の者が、来合わせたので。 (あなたのお怒りも)まことにもっともなことである。 げにやげに 冬の夜ならぬ まきの戸も おそくあくるは わびしかりけり」 まことにまことに、(冬の夜はなかなか明けないものであるが、)冬の夜ではない真木の戸も遅く開くのを待つのはつらいことですよ。 さても、いとあやしかりつるほどに、ことなしびたり。 それにしても、たいそう不思議なほど、(兼家は)何気ないふりをしている。 しばしは、忍びたるさまに、「内裏に。 」など言ひつつぞあるべきを、 しばらくは、(本来、他の女のもとに通うのを)隠している様子で、「宮中に。 」などと言っているべきなのに、 いとどしう心づきなく思ふことぞ限りなきや。 ますます激しく不愉快に思うことはこの上ないことよ。 lscholar.

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蜻蛉日記(かげろうにっき)とは

かげろう 日記

蜻蛉日記(かげろうにっき) 作者:藤原道綱母(ふぢわらのみちつなのはは) 「黒=原文」・ 「青=現代語訳」 解説・品詞分解はこちら 問題はこちら さて、九月(ながつき)ばかりになりて、出でに たるほどに、箱のあるを、手まさぐりに開けてみれば、 人のもとにやらむとしける文あり。 さて、九月ごろになって、(作者の夫の兼家が)出て行ってしまった時に、文箱があるのを手慰みに開けて見ると、他の女のもとに届けようとした手紙がある。 あさましさに見てけりとだに知られむと思ひて、書きつく。 意外なことだとあきれて(自分が)見てしまったということだけでも(夫の兼家に)知られようと思って、書きつける。 うたがはし ほかに渡せる ふみ見れば ここやとだえに ならむとすらん 疑わしいことです。 他の女性に送る手紙を見ると、ここへ(あなたが訪れること)は、途絶えようとしているのでしょうか。 など思ふほどに、むべなう、十月(かみなづき)つごもり方(がた)に、三夜(みよ)しきりて見えぬときあり。 などと思ううちに、思った通り、十月の末ごろに三晩続けて来ないときがあった。 つれなうて、「しばし試みるほどに。 」など気色(けしき)あり。 (それにもかかわらず、夫の兼家は)素知らぬ顔で、「しばらく(あなたの気持ちを)試しているうちに。 」などというそぶりである。 これより、夕さりつ方(かた)、「内裏(うち)に、逃るまじかりけり。 」とて出づるに、 ここ(私の家)から、夕方ごろ、「内裏(宮中)に断れそうにない用事があるのだ。 」と(夫の兼家が)出かけるので、 心得で、人をつけて見すれば、「町小路(まちのこうじ)なるそこそこになむ、止まりたまひぬる。 」とて来たり。 (私は)納得できず(おかしいと思って)、召し使いの者をつけて見させると、「町の小路にあるどこそこに、お止まりになりました。 」と(召し使いの者は)言って帰って来た。 さればよと、いみじう心憂しと思へども、言はむやうも知らであるほどに、二、三日(ふつかみか)ばかりありて、暁方(あかつきがた)に、門をたたくときあり。 思った通りだと、たいそう嘆かわしいと思うけれども、言いようも分からないでいるうちに、二、三日ほどして、明け方に門をたたくときがあった。 さなめりと思ふに、憂くて開けさせねば、例の家とおぼしきところにものしたり。 その(夫の兼家が訪れて来た)ようだと思うと、気に食わなくて、(門を)開けさせないでいると、例の家(町の小路の女の家)と思われるところに行ってしまった。 つとめて、なほもあらじと思ひて、 翌朝、そのままにしてはおくまいと思って、 嘆きつつ ひとり寝(ぬ)る夜の あくる間は いかに久しき ものとかは知る 嘆きながら一人で寝る夜が明けるまでの間は、どんなに長いものか分かりますか。 (いえ、分からないでしょう。 と、例よりはひき繕ひて書きて、移ろひたる菊に挿したり。 と、いつもよりは注意を払って書いて、色あせた菊に挿し(て手紙を送っ)た。 返り言、「あくるまでも試みむとしつれど、とみなる召し使ひの、来合ひたりつればなむ。 いと理(ことわり)なりつるは。 返事は、「夜が明けるまで待とうと試みたけれど、急用の召使の者が、来合わせたので。 (あなたのお怒りも)まことにもっともなことである。 げにやげに 冬の夜ならぬ まきの戸も おそくあくるは わびしかりけり」 まことにまことに、(冬の夜はなかなか明けないものであるが、)冬の夜ではない真木の戸も遅く開くのを待つのはつらいことですよ。 さても、いとあやしかりつるほどに、ことなしびたり。 それにしても、たいそう不思議なほど、(兼家は)何気ないふりをしている。 しばしは、忍びたるさまに、「内裏に。 」など言ひつつぞあるべきを、 しばらくは、(本来、他の女のもとに通うのを)隠している様子で、「宮中に。 」などと言っているべきなのに、 いとどしう心づきなく思ふことぞ限りなきや。 ますます激しく不愉快に思うことはこの上ないことよ。 lscholar.

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